第6章 狂宴-10
グラスを拒む私に裸の薫は表情を曇らせるが、おもむろに私の鼻を塞ぐと、悪魔の酒を自らの口に含む。彼女の思惑は言わずもがなであった。
無呼吸の限界に挑んでも、自ずと限度と言うものがある。耐えきれず、ついに口を開いた瞬間、薫はすばやく唇を重ね、喉の奥に熱い液体を流し込んでくる。吐き出すことも叶わず、私はむせながら飲み下してしまった。
じわりと熱い波が身体を駆け巡り、全身が火の着いたように熱くなる。平衡感覚が定まらず、堪らずくずおれそうになるも、腕を捻じりあげられているせいで、それもままならない。心臓が鼓動を早め、血管がドクンドクンと脈打ち、意識が朦朧とし始める。
身体が投げ出される感触に、一時我に帰る。どうやらバルコニーのソファに座らされたらしく、男女の交わるフロアの様子が目に入る。ようやくボディガードの戒めから解放されたようだが、熱に犯された身体では、ソファから立ち上がるはおろか、身を起こすことすらままならなかった。
その内、蕩けるような心地良さが頭の中を蝕み始める。甘い菓子が口の中で蕩ける様な、何も考えず、ただ喜びだけを享受したくなるような心境。このまま身を委ねたら、どれほど気持ち良いだろう。だが本能が警鐘を鳴らし、私は必死で抗った。この快楽に溺れてしまったら二度と戻れなくなる。それこそ、この男の思う壺であろう。
「さすがは綾小路の姫君ですな。普通ならとっくに夢現となるのに、まだ意識をお持ちとは」
「‥こ、こんな薬に‥、身を‥落とす‥わけには‥」
「おっと、あまり動かれると薬が早く回りますよ。しかしこれでおわかり頂けたでしょう。私はこの力を持って日本の頂点を目指します。その時には貴方が私の伴侶として、傍らに立って頂ければ、これに勝る悦びはありません」
「‥み、身の程を‥知りなさい‥こ、このような外道の力が‥いつまでも明る‥みに、出ないわけが‥」
「ああ、先日もそのようなことを言っている輩がいましたな。ですが、彼女達も今では‥、ふふ、紹介しましょう」
闇に落ち込みそうになる意識を何とか保とうと努力しながら、遠くで手を打ち鳴らす音を耳にしていた。隣室から再び何者かが現れ、毛足の長い絨毯を二組の白い素足が踏みしめる。その人物の顔に目を向けた時、私は希望が断たれたことを知った。
桜井先生がここにいるときに気付くべきだったのだ。薫同様、夢見るような表情で現れたのは、私と同じく学院の秘密に迫り、そして虜となった敗者の姿であった。肌も露わな艶姿で現れたのは、報道部の藤堂瀬里奈、そして橘沙羅であった。
常に毅然とした態度を崩さない、紫織さんが見せる怒りや驚き、そして絶望の感情を見るのは実に楽しい。とかく、報道部の女共を呼び寄せた時の表情は最高だ。その何とも物悲しく、泣き出しそうな顔には嗜虐心を大いにそそられる。
ああ、この憂いを帯びた美貌を快楽でひき歪め、汚し、蹂躙したい。既に麻薬を飲ませ、抵抗などできない身体だ。このまま押し倒して本懐を遂げるのも良いではないか?