タロ-1
広い面積を持つ森林公園。その敷地の半分は遊園地や草原、花壇、ウォーキングコース、レクリエーション設備が占める。
残り半分はこの地が開発される前からの自然がそのまま残されており、手つかずの森林が広がっている。
唯一、この森林内での人工物といえば、昔誰かが開いた何本かの林道と、今は朽ち果てた休憩所、食堂、公衆トイレといった施設くらいだ。
――さて、時刻は今から3時間ほど遡る。
雲一つ無い青空に昇った朝日が、目映いばかりの光で森林公園を包んでいくところだ。
噴水広場の大時計は午前7時を指している。
公園の奥、森林の入り口の遊歩道の脇に置かれた白塗りの木製ベンチ。
その上には、半袖シャツの白い体操着と紺色のパンツ姿のまま、ごろりと横になって、すやすやと寝息を立てている少女の姿があった。
……ハァフ、ハァフ、ハァフ どこからともなく動物の荒い鼻息が聞こえてくる。
その後から、ドス、ドスと重たそうな足音が重なった。
その音は段々大きくなり、少女が眠るベンチへと近づいてくる。
やがて視界には、遊歩道の上を悠然と歩いてくる相撲取りがごとく筋肉で固太りした大男と、彼の手に握られた金属チェーンのリードの端には、レザーの首輪でつながれた巨大な猛犬が現れた。
「こらっ、タロ! 引っ張るなっ このバカ犬がっ!」
地鳴りのようにドスの利いた野太い濁声が響く。
上背が180センチはあるだろうか。ニキビだらけで浅黒く平たい顔をした男は、切れ長の目を吊り上げて、恐ろしい剣幕で大型犬を一喝した。
しかしその外見とは裏腹に脂ぎった弾力のある肌つやは、まだ二十歳台の若者に違いないと思われた。
「確かこの辺りだったな」
ギラギラと怪しい光を放ちながら、彼の切れ長の小さな目は、周囲を舐めるように視線を落としていく。
その仕草は、青年というより少年のような純朴なあどけなさを思わせたが、しかし何処となく危険な香りも漂わせている。
やがて視線は、ベンチの上で眠り込んでいる真奈美の上に落ちた。
(ベンチに女の子がいる。可愛い顔して寝てやがる……)
青年が連れてきた巨犬は全身が茶色で、精悍で獰猛な顔つきをしている。よく見れば肌に刻まれた無数の傷跡から、その気性の荒さや生い立ちがうかがえる。
その外見は、まさに土佐闘犬といったところだ。
これまで幾度となく格闘を経験し、修羅場をくぐってきたかのような風格すら漂っている。
「タロ、ここで待ってろ。俺はトイレがしたくなった。」
ベンチの隣には小型の公衆トイレが建っている。青年は少し慌て気味に、タロをクサリで傍の案内看板のポールへつなぐと、大便器のほうへ入っていった。
タロと呼ばれるその猛犬は、その場に腰を落として座り込むと、ベンチで眠っている真奈美に視線を向け、鼻をヒクヒクさせた。
時折漂ってくる甘酸っぱいコーラの香りを嗅いでいるのだろうか。いや、それに混じって、彼は何か特別な臭いを感じ取ったようだ。
その臭いのせいか、急に落ち着きが無くなり、彼はそわそわし始めた。
どうやら真奈美の体から立ち上るコーラの香りに混じったメスの体臭が、彼の中枢神経をくすぐって性欲という本能を呼び覚ましてしまったようだ。
タロはむくりと起き上がり、おもむろに真奈美に近付こうとしたが、ポールにくくられたクサリが彼の首輪を引っ張り邪魔をした。
「ガウ、ウググ……」
タロはクサリに噛みついたが、思ったより固いらしく、タロは牙では噛み切れないと悟ったようだ。
苛立つタロは後ずさりしながら、何とかクサリを引きちぎれないかと力任せに引っ張ろうとする。
しかし、首輪はタロの喉元に食い込むだけで、びくともしなかった。
――そうこうしているうちに、数分もすれば飼い主の青年はトイレを終えて出てくるだろう。
もう時間は無いと諦めかけたその時、不意に首輪はタロの首からスッポリ抜け落ちた。
どうやらタロの首は頭蓋より太いようで、そこに掛けられた首輪は実は喉元さえ通過すれば、あとは引っかかる所も無くスッポリ抜くことが出来てしまったのだった。
一瞬、何が起きたのか理解できず、きょとんとしたタロだったが、はっと我に返るといそいそとベンチに寄りかかり、真奈美の前に立ち塞がった。
タロは、おそるおそる真奈美の顔に近付き、クンクンと鼻を鳴らし、臭いを嗅いだ。
コーラの甘い香りに混じって、いっそう強い雌臭を嗅ぎ取った。
タロは長い舌を伸ばして、ペロペロと真奈美の柔らかな小顔を舐めはじめた。
タロの口内には、ほんのりコーラの甘さと、程よい塩味が味覚を刺激して唾液が涌いてくる。タロは、より粘りの増した唾液を溢れさせながら、真奈美の顔面をしゃぶり始めた。