割り切った身体、割り切れない心-3
ペアのマグカップ。洗面所に置いてあった2本の歯ブラシ、バスルームのメイク落とし。トイレのサニタリーボックス。
この部屋には、カノジョの痕跡がいくつもある。
以前、陽介はカノジョと撮ったプリクラを見せてくれたことがあったっけ。
陽介によく似合う、モデルみたいに綺麗な女の子だった。
その頃のあたしには、スグルがいたから「すごくお似合い」なんて、冷やかしてやれたけど、今のあたしは陽介とカノジョのプリクラを思い出すだけで、涙が滲んでくる。
こうやってさりげなくあたしを元気づけようとしてくれる陽介だって、カノジョがいて幸せなんだ。
スグルにはカズネがいて、陽介にはカノジョがいて、あたしだけが一人ぼっち。
ただ下唇を噛み締めて、カノジョ専用のマグカップを睨み付けていると、雑誌を読んでいるはずの陽介が、そのままの体勢であたしの名前を呼んだ。
「くるみ」
「……何?」
「辛いことあったら、無理しないで言えよ。友達なんだから、いくらでも話聞くから」
どうしてコイツはこんなにも鋭いんだろう。
いつもの調子のいい口調より、トーンダウンした落ち着いた話し方に、涙が込み上げてきそうで、このまま陽介の胸に飛び込んでしまいたくなる。
陽介に辛いって知って欲しいと、手を伸ばしかけたその刹那、マグカップが視界に入ってきた。
途端に、陽介とカノジョのプリクラが脳内に甦る。
……幸せ者に慰められるなんて惨めなことこの上ない。
陽介に縋り付きそうになる自分を、理性が必死で抑えた。
でも、いろんな想いがあたしの中でぶつかり合う。
陽介に弱味を見せたくない。あたしの傷を癒して欲しい。
寂しさ、憎悪、嫉妬、いろんな感情が入り混じっていたあたしの心。
ちっぽけなプライドで、ブレーキをかけられたそれは思いも寄らぬ方向へ走りだそうとしていた。
「あー、別に大したことじゃないんだけどさ」
振られて泣くなんてカッコ悪い所、見せたくない自分が明るい声で笑顔を見せる。
「彼氏がさあ、二股してて、もう一人の方と付き合いたいから別れて欲しいって言ってきたんだよね」
カラカラ笑いながらそう言うと、陽介は漫画雑誌から顔を上げて、あたしを見つめてきた。