もう一つのクライマックス-2
真雪は安心したようにため息をついて、身体を起こした。ケンジもベッドに座り直した。
「そして三回目も……」
「うん」ケンジは真雪の目を見つめた。
「三日目はさすがにあたしも躊躇したけど、板東はあたしの腕を掴んで無理矢理自分の部屋に連れ込んだの」
「抵抗……しなかったのか? 真雪」
真雪は目を伏せて黙り込んだ。
「真雪?」
顔を上げた真雪の目から涙がこぼれた。「あたし、あの時、どんどん自分の感情がなくなっていってた気がするんだ……」
ケンジは何も言わずに真雪をそっと抱いた。彼女の身体は少し震えていた。
「あのオトコのどんな言葉も意味を持たなかったし、その時どうやって自分が服を脱いだのかも覚えてないし……」
「真雪……」
「安らぎや癒しはもちろんだけど、温かみも、冷たさも、不快感さえ感じられなくなってた。ベッドに寝かされてた時、身体も心も全然無反応になってた……」
真雪の目からは涙が溢れ続けていた。
「許して……龍……」真雪は震える声でそう呟いた。
ケンジはしばらくの間、真雪の身体を包みこむように抱きしめていた。
真雪が小さく震えるため息をついた時、ケンジは彼女の耳元で囁くように言った。「でも、その晩は結局、板東とは繋がらなかったんだろ?」
「うん」真雪は顔を上げて目元を指で拭った。「あいつがあたしの胸に触った時、あたし一気に目が覚めた。突然龍のことを強く思い出したんだ」
「突然?」
真雪はケンジの手を取って自分の胸にあてた。「龍ってさ、あたしのおっぱいをいつもたっぷり優しく愛してくれるんだ。そのことを身体が思い出したんだよ」
「なるほどな」
「そしたら、もう嫌悪感と拒絶感が一気に身体の中から噴き出してきて。部屋を飛び出したんだ」
「良かった……真雪が目を覚ましてくれて」今度はケンジが目を潤ませた。
「ごめんね、ケンジおじ。せっかく盛り上がってたのに、水差すようなこと話しちゃって」
ケンジは恥ずかしげに数回瞬きをして、小さく鼻をすすった。「そんなことないよ。その時のことを話すってのも、今回のトレースの目的だろ?」
真雪は目を閉じた。「そうだね」
ケンジは優しく真雪の髪を撫でた。
「ケンジおじに話を聞いてもらってると、気持ちがどんどん楽になっていく。ありがとう」
「うれしいね。俺でも役に立てて」
真雪は再びシーツに横たわり、少し小さな声で言った。「でも、実はね、あたしおじさんと、この夜を迎えるのに、少し不安があったのは事実」
「そうなのか?」
「うん。いくらケンジおじでも、年上の男性に抱かれることで、またフラッシュバックが起きちゃうかも、って。少しだけ」
ケンジは上半身を起こしたまま、少し真雪から距離を置いた後、優しい目で真雪を見下ろした。「おまえが不安なら、ここまでで終わりにしようか」
真雪は柔らかく微笑みながら、ケンジに両腕を伸ばした。「途中でやめちゃイヤ」
「え? だって、おまえ……」
「杞憂だった。レストランを出て、おじさんと腕を組んで橋を渡ってる時には、もう不安なんか全然なくなってたもん」
「ほんとか?」
「うん。それに、今までケンジおじにいろいろしてもらったり、話を聞いたり聞いてもらったりしてるうちに、龍と話し合って決めた今夜のこのイベントが間違ってなかったって、確信が強くなっていった」真雪はケンジの目を見つめた。「ほんとにありがとう」
ケンジは安心したようにため息をついて、真雪のそばに横たわった。「良かった……」