ルージュ×ブランシュ-1
長いつきあいだけあり、エリアスはミスカの行動パターンや性格をよく知っている。
享楽的で、けっこう腹黒く、飄々としているくせに、意外と感情的に動くタイプ。
それから……エリアスに負け劣らず意地っ張りで頑固な部分もある。
海底から地上に出て二年以上も経つが、そういうところは前と変わらない。
それもそのはずだ。海底だろうと地上だろうと、ミスカはどこだってミスカなのだから。
―― 三月のある日の夜。
滞在している宿の部屋でエリアスが女体に戻った途端に、ミスカが小さな紙袋を突きつけてきた。
「エリアス、愛してるぞ! ブランシュ・ディのお返しだ」
白いリボンで飾られた小さな袋を、エリアスの胸元にぐいぐい押し付けられる。
ニッコニコの笑顔だが、片方の眉を微かに歪めていた。相当に機嫌が悪い時の顔だ。
男物のシャツを窮屈に押し上げているエリアスの胸は、力を込められるたびに柔軟に形をかえる。
非常に怒りながらも、柔らかな感触を存分に楽しんでいるようだ。
―― どんな状況だろうとセクハラは忘れないのが、ミスカである。
エリアスは眉を潜め、いかがわしい手を払い除けた。
「わたくしはルージュ・ディに、何も贈りませんでしたよ」
「ああ、これはその無情さへの嫌味だからな。つべこべ言わずに受け取って、目いっぱい気に病めよ」
エリアスの手をとって強引に紙袋を握らせ、ミスカは思い切り拗ねた顔でそっぽを向く。
「気に病む? なぜそのような必要があるのか、わたくしには検討がつきませんね」
袋を開けると、中にはカラフルな可愛いキャンディー達が入っていた。
ツンとすました猫のシルエットが印刷された紙袋は、確かこの界隈で有名な菓子店のものだ。こんな物を、いつのまに買ったのだろう。
ルージュ・ディ《紅の日》とブランシュ・ディ《白の日》は、地上の恋人達が互いに菓子を贈る祝祭日だ。
ルージュ・ディには女性から男性に甘い菓子と共に愛の告白をし、1ヶ月後のブランシュ・ディには、男性がその女性を愛していれば、贈り物を携えて返事をする。
地方によって呼び名や詳細は違うが、大陸中の大きな国では、大抵どこにも似たような慣習があった。
しかし、エリアスは一ヶ月前にミスカへ何も贈らなかった。
だからお返しを貰う筋合いもないし、ミスカが怒っている理由もわからない。
ミスカがヒクリと頬をひきつらせた。
「……なら、教えてやる」
長身を屈めたミスカは、鼻先がくっつきそうなほどエリアスに顔を近づけ、詰め寄る。
「去年は過ぎた直後にルージュ・ディを知って、一年後を楽しみにしていたのに! 当日は朝からそわそわしていたのに!! エリアスに何も貰えなかった俺の悲哀を!!!」
最後の方は泣きそうな情けない声で、なんと目端には涙まで浮かべていた。長い付き合いとはいえ、ここまで落ち込み、かつ怒っている様子はめったに見ない。
思わず気圧され、じりじりと後退していくうちに、エリアスの背中は壁に押し付けられてしまった。
ミスカとキャンディーを交互に眺めて困惑する。
「ルージュ・ディの菓子は欲しくないと、はっきり言っていたではありませんか」
一ヶ月前の記憶を引っ張り出す。