投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

魔眼王子と飛竜の姫騎士
【ファンタジー 官能小説】

魔眼王子と飛竜の姫騎士の最初へ 魔眼王子と飛竜の姫騎士 162 魔眼王子と飛竜の姫騎士 164 魔眼王子と飛竜の姫騎士の最後へ

ルージュ×ブランシュ-2

 *** 

 こことは違う街だったが、滞在宿の食堂で朝食の時に、看板娘が男性客たちへ小さな焼き菓子を配っていた。
 それは愛の告白ではなく、祝祭日に乗じた店のサービスだ。しかし、可愛いらしい年頃の娘から愛嬌たっぷりに渡されれば、悪い気のする男はいないだろう。

 看板娘は華奢な腕に下げたバスケットから、一個ずつ焼きたての菓子を取り出し、それをやに下がった顔で受け取る男たち。
 そんな様子を横目で眺め、エリアスは内心で頷いた。
 ルージュ・ディは厳粛さとは無縁の、恋や愛を名目に浮かれ騒ぐ日なのだ。
 大変宜しい。

 去年の今頃は、海底城からの追っ手が厳しく、とても呑気に祝祭を楽しむ余裕などなかった。
 そして面白そうな事が大好きなミスカは、この紅白の恋人記念日を後から知り、非常に悔しがっていた。
 だから思い切って、こっそり小さなチョコレートを買っておいたのだ。

「好きです」や「愛しています」と、エリアスはどうしてもミスカに言えない。
 相手を利用する嘘の甘い囁きなら、万通りも言えるのに。ミスカにだけは言えない。

 ―― 多分、嘘でないから言えないのだ。

 エリアスがミスカを本当はどう思っているか、とっくにバレているだろうに、それでも言えない。言おうとすると、顔が真っ赤になり、呼吸が苦しくなって、恥ずかしくてどうしようもなくなる。
 しまいに口を突くのは、すっかり口癖になってしまった「大っ嫌いです!」だ。
 お見通しのミスカはいつもヘラヘラ笑って、それでも良いというけれど、エリアスも少しは罪悪感を抱く。
 一年に一度くらい……こんな浮かれた空気に紛れてなら、言えるかもしれないと思った。
 最悪は口をつくのがお決まりのセリフになっても、購入したハート型のチョコレートには、ちゃんと愛の言葉のメッセージが書かれている。
 このチョコレートを買うのにすら、とてつもない勇気を必要としたのだ。

 やがて看板娘はエリアスたちのテーブルへもやってきた。

『ルージュ・ディのお菓子です! これからもご贔屓に!』

 普段は傭兵青年の姿をしているエリアスにも、愛想よく菓子は差し出された。

『ありがとうございます』

 にこやかな笑みを浮かべて、エリアスは受け取った。続いて看板娘は、向かいに座っているミスカにも焼き菓子を差し出す。

『はいっ、そちらのお兄さんも!』

 ここに滞在して半月ほどになるが、この可愛らしい少女はミスカによく見惚れていた。
 本格的な恋とは呼べない、ちょっとした淡い感情だろう。
 実際、ミスカの見た目はかなり良いし、セクハラ脳天気男とはいえ、中身も総合的には非常に良いのだから。……そんなことは絶対に言ってやらないが。
 しかし、当然受け取ると思ったのに、ミスカは苦笑して手を振った。

『悪いな。俺は遠慮しとく』

『え? あ、はい……』

 看板娘はがっかりした顔で菓子を引っ込め、さっさと他のテーブルへ行ってしまった。

『ミスカ……甘い物が嫌いになったのですか?』

 エリアスは声を潜めて尋ねた。確かこの男は、菓子類全般が大好物だったと記憶していたが……。

『あれはルージュ・ディの菓子だから、欲しくなかったんだよ』

 金色の瞳がチラリとエリアスを眺め、なぜか少しばかり不機嫌そうな声で返答された。

『はぁ、なるほど……』

 どうやらミスカが好きでなかったのは、この祭りの方だったようだ。
 去年は逃したのをあれほど悔しがっていたというのに、何か思うところがあったのだろうか。
 拍子抜けしたが、エリアスはそれ以上は追及せず、貰った焼き菓子を口に入れた。甘くて普通に美味しい。
 どんな日に食べようと、菓子の味は同じだ。

(ふー……、危ないところでした……)

 表情には出さず、盛大に冷や汗をかく。周囲の浮かれムードに乗じて恥ずかしいことを口走ったあげく、困惑顔などされたら、絶対に立ち直れない。

(やはり、慣れないことをしようなど思い立つと、ロクなことになりませんね)

 用の無くなったチョコレートは自分で食べる気になれず、通りすがりの小さな子どもにあげてしまった。
 ミスカはその日、朝からずっと妙に不機嫌で、その夜は久しぶりに水触手まで使って、執拗に抱かれたのも覚えている。
 貪るように口づけては、何度もエリアスの耳元へ『好きだ』、『愛してる』と囁いた。繋がったまま繰り返される言葉は、いつもよりどこか必死な気がした。
 しかしミスカはいつだって、いとも簡単にそれらを言うのだ。
 そしてエリアスも、今日こそ言えるはずだったのに、機会は水の泡に消えてしまった。

 ―― ホッとしたような……残念な気もした。



魔眼王子と飛竜の姫騎士の最初へ 魔眼王子と飛竜の姫騎士 162 魔眼王子と飛竜の姫騎士 164 魔眼王子と飛竜の姫騎士の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前