運命の転機-4
「先ずは『士道不覚悟』の汚名を濯ぐ事が先決でござろう。それには元特産物差配方の荒利取之助への上意討ちを果たす事にござるな。それを為した後ならば、それがしの取りなしを万年遊太郎が拒みはいたすまい。必ず藩主裏筋実正様を動かすでことになり申そう」
「で、ですが、瓶之真様、上意討ちをいたそうにも、父が何処に居るかがわかりませぬ」
折角の申し出ながら、それを実行に移すはずの棒太郎が行方不明なので、お満は情けなさの余りに顔を伏せた。
「この際、棒太郎どのはどうでもよろしい。そなたら2人で事を成し遂げるのが肝心でござる。そして事を為した暁には、竿之介どのが家督を継いで家を再興するという筋書きにござる」
「なんと、そのようなことが」
お満には考えもつかないことだった。しかしまだ問題がある。
「なれど、女の私も元服前の竿之介も武術は身に付けておりませぬ。百戦錬磨の手だれと噂に聞く荒利取之助を討ち果たすことが叶いましょうか」
不安げなお満は、瓶之真をじいっと見つめた。その熱い視線に瓶之真はドギマギした。
「お満どの、竿之介どの、安心召されい。それがしを誰と思うておられるか。痩せても枯れても亀起瓶之真ですぞ!それがしが『夢精直出流居合』を伝授いたそう。更に希望なさるなら来るべき日に、それがしも助太刀いたそう」
「おおおお!何と言う…。うっうううう」
「び、瓶之真様、うっうううう」
お満も竿之介も瓶之真の申し出を聞いて、感動の余り感極まって涙を流し始めた。
「ご同意ならば、早速明日より稽古を付けますぞ。住むところも心配ござらん。住み込み門弟として母屋の横の長屋を使うがよろしい。さあ、お満どの、竿之介どの、どうなされますかな?」
「うう、なれど我らには習いの金子が有りませぬ、ううう」
お満は恥を忍んで自分達の懐具合を晒した。
「ははは、それがしは元々貧乏が板に付いた道場主にござる。1人増えようが2人増えようが、賄いもそうそう変わらぬであろうから金子は不要じゃ、そなたらは特待生として優遇いたそう。まあ、多少は食い扶持を稼いで貰う事も有ろうが、その時はその時にござる」
金子が取れないのは痛手だが、この際そんな事はどうでも良かった。吉原に通う事を思えば、これで恩を売ってお満を言いなりにさせる方が断然安上がりだ。
そんな瓶之真の心内を知らずに、不幸な姉と弟は号泣した。
「うわあああん、瓶之真様あああ、うわああああん」
「うおおおん、姉上ええ、瓶之真様は仏様のようじゃあ、うおおおおん」
そんな2人を見て瓶之真は少し心苦しくなったが、目的のために心を鬼にした。
「一度師弟の契りを交わせば、師の言う事は絶対になるぞ。師の指示に疑問を持ってはならぬ。そなたらにとって意に沿わない修行も有ろう。それでもそれがしの弟子になる事を同意するや否や」
『意に沿わない修行』のところで瓶之真はニヤケそうになったが、気を引き締めてハッタと2人を睨んだ。
「うううっ、瓶之真先生、よろしくお願いいたします」
嗚咽を堪えた2人は身なりを整えると、あらためて正座になり、床に頭を擦り付けるように瓶之真に低頭した。
「では、師弟の契りは同意と言う事じゃな」
瓶之真は満足気に微笑みながら言った。
「はい、瓶之真先生!」
姉と弟の声が元気に重なった。それを聞いた後で、瓶之真の雰囲気がガラリと変わった。
「お満、竿之介!今より瓶之真はそなたらの師じゃ。我が教えは厳しいぞ!例え女と言えども容赦はせぬぞ。喘げ、あっ間違えた、泣け―、喚け―、それに耐える事こそ、お家再興の近道と知れ―――!」
「はは―――」
道場に響く怒鳴り声に、弟子の2人は更に深く低頭した。
その2人の背中、特にお満のうなじを見ながら、明日からの『意に沿わない修業』の中身を想像した瓶之真のイチモツが、一瞬でグンと大きくなった。