第5章 教育-1
九月十五日 木曜日
「おはようございます、桜井先生。今よろしいでしょうか?」
「あら、おはようございます、綾小路さん。どうしたの、こんな朝早く?」
デスクから顔を上げた三年A組の副担任は、いつもの優しい笑顔で応じてくれる。彼女に好感を抱くようになったのは、先日相談に乗ってもらってからかしら。穏やかな微笑みに気分が和らぐ。
職員室を訪れたのは、まだ朝も早い時間帯。クラスのホームルームに先駆けて職員会議が開かれるはずだが、室内に教員の姿はまばらだった。担任の武藤先生も姿がないので、用意してきた申請書は副担任の彼女に提出する。
「世界経済フォーラムへの参加‥、綾小路家も大変ね。まぁ、今日なの?」
「はい、急な話で申し訳ないのですが、昨夜連絡を頂きまして、昼には発つつもりです」
申請書は、明日、クアラルンプールで開催される世界経済フォーラムの開会式に出席する為、学外に出ることを求めたもの。これまでにも綾小路グループの一員として、学外の行事に参加することは珍しくなく、不自然に思われることはないでしょう。でも、これは方便。学院を抜け出すため、もっともらしい理由をでっち上げたに過ぎない。
昨日、報道部との会合が物別れに終わった後、私は直ちに行動を開始した。早速綾小路グループの調査部と連絡を取り、九条直哉、ならびに九条コーポレーションの身辺を徹底的に調査するよう命じてある。諜報部の異名をとる我が社の調査機関は優秀で、合法、非合法を問わず、あらゆる手段を用いて、迅速かつ正確な情報収集を行う。最初の中間報告が送られてきたのは昨夜のうちで、既に幾つか興味深い事実をつかんでいる。おかげで、九条直哉がどのような手段で生徒を支配しているかも、目星をつけることができた。
この件の解決を図るに、私は時間をかけるつもりはなかった。早急に彼を学院から、いえ、社会から放逐できるだけの証拠を固め、彼の支配下にある生徒達を一刻も早く解放し、学院を健全な状態に戻すつもりでいる。調査部の活躍で準備は進んでおり、早ければ今日中、遅くとも明日の朝までには結果が出せるでしょう。
おそらく彼の支配、もしくは影響を受けている生徒は学院の半数にのぼると思われるが、何より薫があの不埒な男を信望しているのが我慢ならない。あまつさえ、あの男は私をも支配し、政治への足掛かりとするつもりなのかしら。昨日迫られたことを思い出すと、不快な気持ちが込み上げてくる。
学外に出るのは調査の裏付けを取り、彼の悪事を露呈させる証拠を揃えるため。然るべき関係機関に協力を求めるには、私自身が出向く必要もあるでしょう。それに学内が危険なことから、我が身を守る意味合いも兼ねている。
ただ、学院を離れるに際して気がかりなのは、報道部の安全である。昨日の様子では、橘沙羅は無茶をしてでもこの件に関わろうとするし、下手な説得は逆効果となりかねない。藤堂瀬里奈が彼女を抑えてくれれば助かるのだが、後一日、二日、大人しくしてもらう方法はないかしら。