003 天井の金魚-1
003 天井の金魚
──不思議だろ? お前と話してると、ささくれ立ったところがぽろぽろ剥がれるみたいにさ、安らかな気持ちになるよ。
そんな風に言って貰えたのは、いつのことだったか。
胸に手を当てる。とくんとくんと音がする。
この世の果てに存在してるみたいに、空間自体が隔離されしまったかのように清閑な放課後の教室。窓際の、後ろから二番目の席。和やかな表情でうなだれる横顔。彼曰くたまたま残ることもある、と言う程度で、この時間にいるのはむしろ珍しい方なのだと笑うのだが──それでも偶然の巡り合わせか、彼女にとっては、いつも彼はそこにいるのだ。
シーリングライトの光が反射する放課後の教室へ、七瀬和華(女子十一番)はそっと足を踏み入れた。時刻は午後七時を廻っている。部活動で授業後も校内に残っていた生徒たちもとっくに帰宅していると言うのに、踏み込んだ室内には一人、先客がいる。短めに切り揃えられた黒髪とそこから続く長いうなじ、野球で鍛えられた逞しい肩が脱力したように、机の上にその身を預けていた。