002 平穏な学校生活・後-3
「まあ、あたしは学級委員だし、知佳子の提案も一理あるわよね。乃木坂くんさえ良かったら、あたしは──」
「いってーなっ、なにするんだよ白百合!」
と、大きく喚いて立ち上がったのは不良グループの面子の秋尾俶伸だった。唐突の反応に注目が俶伸に集まっていく。
「え、なあに?」
隣に座る美海が不思議そうに俶伸を見上げるのを、俶伸は顔を朱色に染め上げてじりじりと睨み付ける。無垢を装ったその大きな瞳の奥に、小悪魔のような無邪気さが見え隠れしているのを知っているからだ。
「なにじゃねえよ、お前な」
「どうした、秋尾?」
惣子朗が頭の上で疑問符を乱舞させながら不思議そうに訊ねる。言葉を遮られてしまった千恵梨はいささか不満顔であった。
話を振られた俶伸はもう一度美海を見やって、その爽快で涼しげな笑顔に言葉を失い、観念したように肩を落とした。
「あー、いや……勝平ってさ、俺らと仲いいだろ? だから、俺……そこに入ってもいい、けど」
言いながら、俶伸の視線は美海とは別の人物をちらちらと落ち付きなく捕らえていた。もっともそれに気付いたのは極少数の限られた生徒だけだったが。
「あ、あの、私も」
次に声を上げたのは、普段は榎本留姫や朝比奈深雪(女子一番)と三人で行動することの多い、都丸弥重(女子十番)だった。クラスでは大人しくてあまり目立たないが、行事毎には割と積極的に参加する方で、普段から人が嫌がる役割を率先して引き受けてくれる等、心優しい女子生徒だ。目立たない故に、そう言ったことに気付いているのは極一部ではあったが。
控えめに笑いながら、やや聞き取りにくい小さな声で、ぽつりぽつりと言葉を零した。
「私たち、三人組だから、さっき留姫ちゃんが部屋決めで譲ってくれたし……あの、八木沼さんさえ良かったら、私がそこに入ろうかなって」
「ほんとー? 由絵は大歓迎だよー、仲良くしよーね!」
由絵がそう言って嬉しそうに頬を綻ばせながら、招き猫のように手を振る。班での行動が始まれば由絵はほとんどの時間を勝平と過ごすつもりでいるのだが、どうせなら、仲良しの美海や果帆が入ってくれればいいなと思っていた。だが都丸弥重は優しくて、たまに言葉を交わせば不思議な言い回しをしたり、意外と楽しい少女だと由絵は以前から好感を持っていたので、大歓迎、との言葉は自然と口から零れ落ちたのだった。
惣子朗が「よし、決まりだな」と微笑んで黒板に名前を書き記していく。被害を受けそうだった千恵梨もこうなれば特に異存はないようで、胸を撫で下ろしつつ、予め用意していたくじ引きの紙を持ち上げた。
「すんなりと決まって良かったわ、二人ともありがとね。それじゃあこれから、男子は男子、女子は女子でペアを作ってね。作ったらこの紙に二人分の名前を書いて、男子はこっち、女子はこっちの箱に入れることー。はい、始め!」
合図と同時に、いっそう賑やかにクラスメイトたちが各々と教室を移動する中で、俶伸は隣の席の美海を恨めしげに見詰めた。
「白百合〜」
「あら? あたしは秋尾くんをちょっとだけ抓ってみただけなんだけどなー」
学年一の美少女と評判の笑顔でそう返されては、俶伸も観念する外ない。美海は楽しげに声高らかに笑んで席を立った。
「果帆、紙取ってくるね」
「あいよー、よろしくー」