母の心残り-1
第弐ノ章【母の心残り】
(竿之介の前であんな破廉恥な事をしてしまった…)
お満は竿之介に手を引かれて江戸町を駈けながら反省していた。
さっきは思いもよらなかった快感に羞恥心も吹っ飛んでいたが、江戸町の夜風に当たっている内に、我に返って恥ずかしさがぶり返してきた。
(母上、破廉恥なお満を許して下され…)
お満が空を見上げて母親のお敏に詫びると、突然辺りの景色が霧が掛ったように霞んできた。
お満が驚いて辺りをキョロキョロしている内に、ふと気づくと前を走る竿之介の姿が見えなくなっていた。そしてお満自身もいつの間にか走るのを止めていた。
「竿之介?」
お満がつぶやくと、目の前の霧の一部がぽぅっと明るくなった。お満が驚いて見ている内、その灯りの中に1人の人物がぼんやりと浮かび上がってきた。それを見たお満の目が更なる驚きで大きく広がった。
「は、母上っ!」
『お満、久しいですね』
お敏は優しく微笑んだ。その母の懐かしい笑みを見てお満の目から涙が溢れてきた。
「本当に母上なのですね」
『はい、そなたの母ですよ』
お満の顔がパッと明るくなった。お敏が他界してからは苦労の連続、美しくありながら沈みがちなお満の顔に久しぶりの心からの笑顔が戻った。
お満は嬉しさの余りに直ぐに飛びつこうとしたが、寸でのところで思いとどまった。いくらお満の頭が軽いと言っても、3年前に他界した母親が目の前に居るのが普通では無いとは理解はできた。
「で、でも、母上は身罷られたのではありませぬか」
『確かに母は寿命が尽きて、もうこの世にはおりませぬ』
「ひっ、ならどうして?何故ここに居らっしゃるのです。あっ、お満に会いに来て下されたのですか」
一瞬背中がゾクリとしたお満だったが、母親の優しい笑みを見ている内に心が温かくなってきた。
『『何故』と申すか?』
そんなお満に、母親のお敏は顔を顰めてお満を睨んだ。折角温かくなったお満の心が、その一睨みで一瞬で冷たくなった。
「ひっ!」
『これお満。母は天界で静かにそなたら見守っていたのですよ。それなのにそなたは〜』
霧の中に浮かぶお敏が怒りでブルブルと震えだした。
「えっ、見守っていたって…。な、ならば…」
お満はさっきの自分の痴態が、厳しかったお敏に筒抜けになっていたと知り青くなった。
『ええ、ええ、母はしっかり見ていましたぞ。そなたは竿之介の前でなんと破廉恥な事をしたのじゃ』
「ひ〜〜〜、は、母上、ゆ、許して下され〜」
お敏の憤怒の形相を見て、お敏のしつけの厳しさを思い出したお満は頭を抱えた。
『いいやならぬ。そんな破廉恥な娘は折檻じゃ』
「ひ〜〜〜〜〜」
頭を抱えてブルブル震えるお満を見ながら、お敏は満足そうに微笑んだ。
「は、母上、お、お満は、もうしませぬ。もうしませぬから許して下され〜〜〜」
お満のその言葉を聞いて、お敏は慌てたような表情を浮かべた。
『お、お満、何と申した。今、『もうしない』と申したか?』
「あい〜、もうお満は金輪際殿方におまんこを舐らせませぬ。いいえそれどころか、金輪際自分でもおまんこに触れませぬ」
お満は顔を上げると、両手を併せて涙を流しながら訴えた。