母の心残り-2
『お、お満、べ、別にそこまでしなくていいのですよ。ほ、ほら、お小水をしたら拭かないといけないし、湯に入る前にぬるみを取るのに擦らないといけないでしょ、そ、それにちょっとくらいは弄っても…』
お敏は突然慌てだし、理由はわからないがしどろもどろになってきた。
「へっ?は、母上、今『ちょっとくらい弄っても』って申されましたか?」
お敏の言葉尻が気になったお満は聞き返した。
『あっ、そ、そうよ、ほ、ほら、自分の体じゃないの、ちょっとくらい弄ってもいいのかなあ、なんてね。てへぺろ』
いつも子供達の前では威厳を醸しだしていたお敏が、存命中には決して無かった慌てぶりを見せたので、お満は唖然となった。
「ほ、本当に母上ですよね?はっ!若しや狐狸や妖では?」
『な、何と申すか、狐狸でも妖でもありませぬ、そなたの母ですよ』
「まじ?」
お満は猜疑心の目をお敏に向けた。
『ま、ま、ま、まじです。大まじも大まじ』
「じろり」
自分の娘に言葉に出してまでの猜疑心の目で見られたお敏はたじろいだ。
「嘘っぽいわ。じろりじろり」
更に厳しい目を向けるお満。
実はお敏は大事な頼みごとが有って、お満の元に迷い出ていた。しかしそれを伝える前に疑われ始めたので舞い上がってしまった。
『ま、まじでございまする、まじで、まじまじまじまじまじまじまじまじまじまじまじまじ――――でございまする〜』
お敏が発したこの繰り言葉は想念となって土着し、時代を経て現在の少年雑誌において「あたたたた」や「オラオラオラ」と変化して、繰り言葉文化として華が咲く事となる。
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!じゃない。こ、この偽物め!我が母はそんなに軽うはないぞ!我が母を愚弄するとは許すまじ」
『ああん、本当に母なのに〜〜〜』
お敏は身を捩って嘆いた。
「ならば、我が母だけが知る事を言うてみよ」
『そ、それなら言えるわよ。そうねえ、あっ、そうそう、お満ったら十の時に肥壺に落ちた事が有ったわね〜』
「うっ…」
『それと、十二の時は家に帰る途中で我慢が出来ずに、越後屋さんのお店の裏で野糞したでしょ〜』
「ひっ…」
『あっ、そうだ、私が死ぬ少し前まで、十三にもなってもおねしょしてたじゃないの。若しかしてまだしてるんじゃないでしょうね〜』
「ひ〜〜〜〜〜」
お満は頭を抱えた。
『後はね〜』
「は、母上、わかりました。間違いなく母上にございまする〜」
お満の言葉にお敏はホッとした表情を浮かべた。