嫉妬......-8
「ハ..ハイ!」
亜梨紗が恐る恐る私の方を見た。スタッフにも緊張が走った。
「ちょっと来て.....」
亜梨紗はうなだれながら歩いて来た。
「スミマセン....」
亜梨紗は私の前で頭を下げた。
「何で謝るの?」
「それは....アタシのピアノの出来が悪かったから......」
「安心して!それはないから!あんたのピアノは素晴らしかった!短期間であんたを成長させた人に嫉妬するくらいにね!」
そう言って亜梨紗の隣に立っている彼氏を見ると、亜梨紗は驚いたように彼氏の顔を見つめていた。
「純君だったわね?これ誰に教わったの?」
ザッハトルテを指差すと
「基本的には自分で考えました。」
「基本的?」
「ハイ!自分で目指す形があったワケではないんです。カズ姉....いえ叔母の要求に応えていたらこうなりました。叔母がダメ出しする度に作り直して....しかしどうすればいいのか教えてくれない....何度止めようと思ったか....俺自身食べた事なくて....叔母の記憶の中にしかない物を再現するなんて不可能だって....」
「でも再現出来た......」
「ハイ....その時叔母は涙を流して喜んでくれました....それで叔母に聞いたんです....ケーキ屋を開いているんだから自分でやればいいのにって....その時叔母は何て答えたと思います?出来るなら俺に頼まない!自分でやってる!ですよ!素人の俺に丸投げするな!って話ですよね?」
「でもあなたはそれを再現出来た....あなたには才能があるんじゃない?」
「そうですかね....」
純君は照れくさそうに頭をかいていた。
「あなたはいつからケーキを作り始めたの?」
「本格的に興味を持ったのは最近です。遊びでなら小さい頃から叔母の傍で一緒に....小さい頃から俺甘い物が好きだったんです。でもボクシングを始めてからは、減量とかあるから制限されて....その時いろいろ考えてたんです....ケーキのレシピ....試合が終わるとこれを作ろうなんて....」
「えっ?あなたボクシングをやっていたの?」
「ハイ!これでも期待された選手だったんですよ!」
「その期待された物が、オリンピックの金メダル、そして世界チャンピオンだけどな!」
亜梨紗がからかうように....そして自慢気に言った。
「凄いじゃないの!」
「昔の話です....って高校生が言う台詞じゃありませんね....でも今じゃ只の高校生ですけどね!」
「そうかしら?只の高校生にはこれは作れない....こんなのウィーンでも食べた事ない....ううん正確には一度だけ食べた事があるわ!このザッハトルテはウィーンの若き至宝と呼ばれたハインツのザッハトルテ....あなたの叔母さんって....」
「確かウィーンにいた時に食べた味が忘れられないから......って聞いた事があります......」
「えっ!?あなたの叔母さんはウィーンに住んでいたの?」
「ハイ....ピアニストを目指した留学してたって聞いた事があります。」
ハインツのザッハトルテを知っていて....カズ姉って呼ばれていた....まさか純君の叔母って......
「和紗(かずさ))?」
「えっ?」
「あなたの叔母さんって和紗っていうんじゃないの?」
「ハイ....俺の叔母は北原(きたはら)和紗ですけど....叔母をご存知なんですか?」
「よく知っているわ!昔、一緒に留学していたんですもの....」
「可哀想に....あんたと一緒じゃ自信をなくすよな....」
「えっ?」
私は亜梨紗を見た。