嫉妬......-10
「亜梨紗!ピアノを弾いて!」
「ハイ!」
亜梨紗はピアノの所へ歩いて行った。亜梨紗の後をついて行こうとした純君を呼び止めて
「和紗のお店の場所を教えてくれる?」
わざと純君の耳元で囁いた。思った通り亜梨紗は不満そうにこっちを見ていた。
「何してるの!早く弾きなさい!」
亜梨紗は返事もせずにピアノを弾き始めた。
「?.....」
純君が亜梨紗を見た。
「どうしたの?」
「さっきとは違うような....」
「あら?よくわかったわね!この違いがわかっているの....私とあなたぐらいよ!」
「えっ?」
「さっきはあなたが隣にいて優しくそして楽しい音だった....しかし今は嫉妬で刺々しい攻撃的な音....あの子の心をそのまま表している......」
「それって亜梨紗がまだ未熟だって事ですか?」
「技術的な事で言うならまだ未熟!でも音に感情を乗せる事が出来るっていう事でいえば天才!」
私の声を聞いて純君は嬉しそうに笑った。
「嬉しそうね?」
「ハイ!」
そう言って笑う純君を見て亜梨紗の音はさらに攻撃的になった。
「本当にわかりやすい子ね!」
私は苦笑するしかなかった。
「でも....羨ましいわね....あの子の才能が....」
「えっ?」
純君は亜梨紗に向けていた視線を私に向けた。
「これからあの子が経験を積み、ピアノに真剣に打ち込んだら....どこまで伸びていくのか想像出来ない....私なんかは軽く越えてしまうわ....」
「えっ?翔子さんをですか?天才ピアニストと呼ばれている翔子さんを?」
「ええ....天才って言葉はあの子にこそ相応しいわね!」
純君の顔付きが変わった。
「どうしたの?浮かない顔して....」
「それって....俺の存在が邪魔になるって事ですよね....」
「あの子の将来に悪影響を及ぼすならね....でもあの子にとってあなたは違うみたいね?」
「えっ?」
「あの子この1ヶ月で劇的に進化している....勿論いい方向に....それはあなたとつき合ったから....って私は思うけど?」
純君は嬉しそうに笑った。
「付け加えるなら....あなたも天才だって私は思っているけど?」
「えっ?俺が?」
「ええ....」
「確かに昔そう呼ばれた事があります....でも....俺はボクシングは....」
「違うわよ!こっちの道よ!」
ザッハトルテを指差すと、純君は驚いたような顔をしていた。
「あなたがこの道に進むかどうかは別にして、あの子があなたとつき合う事はマイナスにならない。むしろプラスになっている。だから私は止めるつもりはないわ!だからこその心配事もあるけど......」
「心配事?」
「ええ....高校を卒業してすぐにウィーンに来てくれるのかどうか....ピアノに打ち込んでくれるのか....ってあの子からこの事聞いてないみたいね....」
「はい....」
「マズったなぁ....この事は聞かなかった事にしてくれない?もう遅いかもしれないけど......」
「わかりました......」
それから純君は亜梨紗への視線を移さなかった。その不安そうな視線が私の心を痛めた。