THANK YOU!!-5
はっきり言い切った瑞稀に全員が言葉を失った。瑞稀に対して、思うところはそれぞれあるだろう。
その中でも、さすがというべきかインタビュアーは立ち直りが早かった。
「なるほど・・。その取り戻したい音の為に、頑張り続けたということですね。」
「はい。」
「素晴らしいですね。ちなみに、その大切な人というのは以前話題になった彼氏さんのことですか?」
「・・えっ・・」
突然の話題の振りに、瑞稀は顔を赤くした。
今まで真面目な話をしていたハズなのに、何がどうして恋愛方面に話が行くんだ・・!と、心の中で叫んだ。
返答に困って、チラッと後ろを見ると先程よりもニヤついた顔をしている仲間たちしか居なくて、苛立ち、すぐさま客席に戻した。
どう答えようか逡巡して視線を彷徨わせたその先。
一階席の後ろの方。見知った顔を二つ見つけた。
一人は親友の恵梨。もう一人は・・
「・・拓斗・・」
「!やはり彼氏さんなんですね!」
「え、いや、あの!」
その姿を見つけたことで無意識に呟いた名前を、インタビュアーは聞き逃さなかった。
「・・まぁ・・はい・・」
結局、事実を言うしか無いのだった。
後ろの仲間たちからはヒューヒューという口笛と冷やかしの英単語が飛んでくる。
その言葉に反論出来ない程顔を赤くしている瑞稀に構わず、インタビュアーはずいっとマイクを向けた。
「彼氏さんとはどうなんですか?」
「ど、どうって・・」
「連絡したり、会ったりはしていますか?」
「・・・・最近、色々あってすれ違ってます。だけど、今日会えると思ってます。」
「そうなんですか!今日、ということはこの会場に?」
「・・どうでしょう、さすがにそれは言えません」
先程覚えた丸投げの返答で上手くかわす。
一応拓斗も剣道で有名人ではあるし、見たところメガネなんてかけて妙な変装しているしバレたら大変な事になる気がしたからだ。
下手したら、話し合うことが出来なくなるかもしれない。それはなんとしても避けたい事態。
インタビュアーも、丸投げされてしまっては聞きようがなく、また、時間も押してきたためこれ以上追求出来なかった。
「では最後に、これからの抱負をお願いします」
「・・。これからも、多分スランプとか色々あると思いますが、今回見つけた自分の音の根っこを忘れないように、トランペットを吹き続けたいと思います。」
そこまでで言葉を切った。すると、インタビュアーはお礼を述べて壇上から降りていった。だが、瑞稀はそのままトランペットを抱え立っていた。
観客や団員はパフォーマンスだと思い、何もざわめかない。ただ、一人を除いて。
瑞稀はカメラが自分を捉えなくなったのを確認して、客席に視線を合わせる。
一人驚いている拓斗へ視線を向けて、じっと見つめる。
久しぶりに見る恋人の姿に、瑞稀は涙が溢れそうになった。
でも、伝えるべきことを言っていない。泣くのは、全てが終わってから。
強く唇を噛み締め、トランペットを持つ手に力を込めた。
そして、口を開いた。
『・・これから、拓斗が好きだって言ってくれた音を奏でるから、聴いてください。』
声には出さない、口パクで。伝わってなくてもいい、それでも、拓斗に伝えたかった。
『・・奏でたら、会いにいくから、待ってて』
そこまで口を動かすと、瑞稀はトランペットを持ってた右手を高く挙げた。そのまま、手をおろしながら、深々とお辞儀をした。
まるで、これからショーを始めるマジシャンのごとく。
瑞稀のお辞儀に、客席から惜しみない拍手が送られる。
その中で一人。拍手出来る状態になっていない人がいた。瑞稀が口パクで想いを伝えた、最愛の恋人。拓斗だ。
先程のインタビューにも驚き、また恥ずかしくなったが、そのあとの瑞稀の口パクには気づけた。何を言っているかも、なんとなくだが分かった。
だから、開いた口が塞がらなかった。
拓斗の目にはもう、瑞稀ただ一人しか映らなかった。
その瑞稀が席に戻って、トランペットを構える。
曲が始まると我に返った瞬間、瑞稀の音がメロディに乗って拓斗の全身に染み渡った。
「(・・・これ・・!)」
自分が初めて瑞稀のトランペットを聴いた時に、聴いた曲。
それだけじゃない。初めてトランペットを聴いた瞬間に身体に響く旋律、引き込まれる感覚、優しく自分を包み込む感触。暖かい、音色。
「(・・・あぁ・・これ・・)」
「・・?彼氏くん?・・あ・・」
瑞稀の久々に素晴らしい演奏に何の反応も示さない拓斗が気になり、恵梨は隣に小声で声をかけて一緒に視線を送る。
と、そこには、ただ静かに一筋の涙を流す拓斗の姿があった。
一瞬、何がどうしたのかと焦るが、瑞稀のトランペットが変わらず聴こえ、すぐに理由が分かり安堵した。そして前に向き直り、自分も演奏に酔う。
「(・・拓斗くんの、好きな音。それは瑞稀が拓斗くんを大好きで受け入れようとする想いから生まれてきた音。)」
恵梨は、自然と優しい笑みを浮かべる。ふと、壇上で気持ちよさそうにトランペットを吹いている瑞稀に視線を向ける。
「(瑞稀も・・全く・・この曲選ぶなんて。)」
瑞稀が学生の頃から好きで、十八番としていた有名な賛美歌。
「(赦しと感謝の賛美歌・・アメージンググレイス、なんてさ。)」