001 平穏な学校生活・前-4
* * *
「それじゃあ次、男子決めるぞー」
筒井惣子朗がチョークを持ち直して黒板に向き直る。その傍らでは泉沢千恵梨が今し方取り決めとなった女子の部屋の割り当てのメモを教卓で書き写している。
「俺もうマジで眠い! 寝かせろー!」
「授業中だバカ、少し我慢しろ!」
膨れっ面で音を上げる目黒結翔を叱咤しつつ、惣子朗の頭の中では部屋当てのおおよその図形は完成していた。と言っても、女子ほどグループの構造は複雑ではないので、各種グループで割り当ててしまえば自然とこの形に収まってしまうのだが。
「なあ筒井、とりあえずグループ毎に書き出して適当にまとめちゃえばいいんじゃねえか?」
そうして声を上げたのは乃木坂朔也(男子十三番)だった。クラスの女子に一番人気があると言う、人当たりの良さそうな笑顔を浮かべて続けた。
「なんなら筒井が勝手に決めちゃっても、誰も文句言わないと思うけどな」
「まあ、それでいいなら俺決めてもいいけど……」
「はいはい、筒井くん! 俺らは小部屋な!」
福地旬である。顔にも耳にもピアスを散りばめた、どちらかと言えば問題児の部類に入る旬の周囲には、やはり同じ部類とも言うべき少し不健全な面々がグループを形成している。秋尾俶伸(男子一番)、高津政秀(男子八番)、千景勝平(男子九番)、御園英吉(男子十七番)、譲原鷹之(男子二十番)の計六名である。丁度小部屋の人数である、なんの問題もない。
「ああ、福地たちはそれで──」
「いやいや、福地くーん、君たちは大部屋にしてよー」
話を遮ったのは道明寺晶だ。なにかと曲者の口達者、恐ろしく頭が切れるのと女性関係で破天荒な噂の絶えない彼は、クラスの女子にはやや敬遠されているが、整った顔立ちとミステリアスな雰囲気は一見異性には魅力的らしく、先輩・後輩問わずにやたらとモテている男である。
「えー、なんでだよ道明寺ー?」
「いやー、俺らもまぜてくれるとすげえ有り難かったりしちゃって?」
「なんだよそれー」
晶はケラケラと笑いながら、両手を鼻の前でこすり合わせ、頼み込むポーズを取っている。
「あー、アキラ、またなにか悪いこと考えてるんでしょー?」
白百合美海が悪戯っ子のようなチャーミングな笑顔を浮かべて、晶に耳打ちする。とんでもない、と晶は大袈裟に手を振ってみせる。
「美海、憶測でものを言っちゃいけないよ?」
「あはは、あとでこっそり教えてね」
人差し指を唇に当てて、美海が小悪魔のように微笑む。後ろの間宮果帆も意味ありげに晶に目配せしている。
「おいおい、お前ら、男の問題に女が首を突っ込んじゃいけねえんだぜ?」
どんな問題だそれは──惣子朗は心の中でこっそりとツッコミを入れる。多感な時期の健康児としては、男の問題、と言う単語になんとなく心惹かれないわけではないのが、なんとも歯痒い。
「なあ御園、どうするー?」
旬も似たようなことを感じているらしく、グループのまとめ役のような存在になっている御園英吉に答えを求めている。
「俺は別に構わない」
大して興味もなさげに英吉が答えると他のメンバーも頷き、口々に言うのだった。
「いいぜー道明寺、歓迎するよ」
「よろしくなー」
「おう、サンキュー。朔也や直斗も構わねえだろ?」
「ああ、問題ないぜ、よろしくなー」
有栖直斗(男子二番)が晶に親指と人差し指で輪を作りサインを送ると、晶は満足げに頷いた。
「ってことで筒井くん、大部屋でよろしくー」
「……一人分空くのは」
「ああ、それは」と言ったのは乃木坂朔也だった。
「なあ如月、お前入るだろ?」
如月昴(男子五番)は、水鳥紗枝子と同じく今年の春に編入してきたばかりの生徒だ。こちらも紗枝子と同じようにクラスに馴染むのが不得意な様子で一匹狼でいることが多く、またあまり表情を変えず仏頂面でいるため、なんとなく近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。だが、乃木坂朔也等一部の生徒とはそれなりに会話することも多いらしく、完全な一匹狼でもないので惣子朗もあまり心配せずにいるのだが。
「ああ、そうだな。俺はそこでいい」
昴が頷いたことで、男子の部屋決めは必然的にこのような結果を作ることになる。
【大部屋:秋尾、有栖、如月、高津、千景、道明寺、乃木坂、福地、御園、譲原】
【小部屋@:金見、菫谷、関根、新垣、本堂、森下】
【小部屋A:小田切、筒井、桧山、目黒、与町、竜崎】
2010/10/06 PM14:06〜