Mirage〜1st contact〜-9
こんな所を知り合いに見つかれば、社会的に殺される。
どれもこれも、現実味は皆無だったのだが、そんなことを考える余裕は全く無い。
鼓動が速い。まさか聞かれているということは無かろうが、とてつもなく恥ずかしい。
反応が返ってきたのはその5秒ほど後。僕の人生で最長ランクトップ3に入る5秒。
「──うん」
そう言って筑波はゆっくりと体を離した。俯いたその表情を窺い知ることはできない。
「あの、ごめんな」
ようよう、それだけを搾り出す。筑波は相変わらず地面を見つめている。どうしていいのかわからず、僕はくしゃりと前髪をかき上げた。
「ぷくく‥‥」
筑波の口から、何かが漏れ出している。
「ぷっ! あっはっはっは!」
堪え切れず、といった感じで、筑波が吹き出す。呆気に取られる僕。
「神崎くん、何照れてんの?」
笑いの衝動の虜となっているクラスメイトに、僕は返す言葉が見つからない。
「かーわいい」
彼女は僕の頬を人差し指で刺す。やられた。
「ばいばい」
小悪魔のような笑みを顔全体に貼り付けて手を振り、筑波は暗闇の中に溶けていった。
僕は、筑波に刺された左の頬を押さえたきり、しばらくその場から動けなかった。
夏休みになったとはいえ、僕はやることもなく毎日をだらだらと過ごしていた。第一、周りに娯楽がない。あるのは海に山に川。田舎丸出し。たまに中学時代の同級生がどこどこに行こう、と持ちかけてきたが、僕はそのことごとくを拒否した。基本的に団体行動は好きではないから。
強いて言えば、毎日15分程歩いて近くの防波堤に行くことぐらい。海に突き出た先端部に足を投げ出して座り、ウミネコの声と波の音を聞きながら、海を眺めるのが僕の日課だった。時にぼんやりと、時に思慮に耽りながら。
‥‥まぁ、ほとんど何もしていないのと同じだ。
そんな毎日に、僅かな変化が現れたのは、8月も半ばに差し掛かった頃の昼下がり。僕はいつものように防波堤で夏の音を聞いていた。その中に、雑音が混じる。
「ほんっまに、暇人やねんな」
千夏の声が背中に当たる。僕は振り向きもしない。
「暇人の相手してる奴は、暇人ちゃうん?」
「なるほど」
何の断りもなく、千夏は僕の隣に腰を下ろす。丈長のスカートが潮風に靡く。