Mirage〜1st contact〜-10
「何でいんの?」
「うちのおかんが、あんたのおかんに用事ある、って言うから暇つぶしがてら様子に来たんやんか」
「結局お前も暇人やないか」
僕は鼻で笑う。しかし千夏は気にした様子もない。
「‥‥久しぶりやんな」
千夏が前髪をかき上げる。女の子特有のいい匂いが香る。
「この前一緒にこうやってたん、いつやっけ?」
忘れていた。そう言えば、昔、よく千夏とこうやって何時間も黙って海を見ていた。決まって、夕方になると、僕か彼女の母親が様子を見に来るのだ。それで一度、二人で眠りこけていたこともあった。
「小‥‥6か?」
「小6はあんたが足の骨折ってたから来られへんかったやんか」
千夏が口を尖らせた。そう言えば、そんな気がしないでもない。
「小5が最後やんか」
「阿呆。小5はお前が山村留学とか言って夏休みの大半長野の山ん中で過ごしたんやんけ」
薄目で千夏を睨むと、そうやっけ、と照れたように笑った。
「じゃあ‥‥小4やな」
「ああ、小4や」
「5年ぶりやな」
「ああ、5年ぶりや」
そう言ったきり、僕たちは黙りこんだ。太陽光線が僕の黒髪を焦がし、キャミソールから露出した千夏の白い肌を灼(や)いた。
遠くからは蝉の鳴き声が聞こえる。命を燃やす歌声が重なる。
蒼穹は青々と広がり、水平線で海と交差する。千夏の視線がどこに向けられているのかはわからないが、僕はその美しいコントラストに目を奪われた。
僕と千夏は確実に、5年前の幼い少年少女に帰っていた。僕は故郷に戻って来たような、そんな不思議な温かさに包まれている気がした。誰も「お帰り」とは言ってくれないけれど。
──どれほどそうしていただろうか。徐々に太陽が水平線に近づいているのがわかった。
「‥‥そろそろ、帰るか?」
僕がしばらくぶりに口を開いて立ち上がる。
「‥‥せやな、迎えが来る前に、な」
千夏がそう言うと、二人とも笑った。
僕が千夏の手を引いて千夏を立ち上がらせると、後ろから声が聞こえた。千夏の、母親の声だ。