均衡の崩壊-5
深く息を吐いてシーツを必死につかみ、快感に耐えようとする彼女を恍惚とした表情で見下ろし、隆一は囁いた。
「ねぇ…こんなに…乱れた杏樹をっ…見たことがあるのは俺だけだよね?」
他の男とも関係を持ったのかという質問に彼女は純粋に恥ずかしくなり顔を赤らめて俯いた。その反応を隆一は悪いように解釈してしまったらしく彼の顔が忌々しげに歪んだ。
「…嘘だろ?…あの男か…」
彼は怒りにまかせて激しく杏樹を突き上げる。
「きゃっ…ぁ…ちがっ」
子宮口に届く痛いほどの快感に彼女は悲鳴混じりに隆一の誤解をとこうとした。
「隆兄さんとしかあっ…こんなことしたことないっ!…」
その答えに隆一はあからさまにほっとした表情を見せたが、絶頂に上り詰める感覚に再びまゆを寄せた。
「っ…く」
彼の飛沫が最奥に放たれるのと同時に杏樹も再び全身を激しく波打たせる。
「あっあぁ!」
あまりの大きな愉悦の波に彼女はぐったりと全身を弛緩させた。
普段ならここで兄が肉棒を引き抜いて終わりだが、なかなかその気配がない。
愉悦の余韻に浸りきってぼんやりとしていた杏樹は突然に彼女のなかで再び首をもたげた存在に唖然とした。
「!!えっ!?」
「ふふ、杏樹がかわいすぎるからいけないんだよ?…今日はまだ終われそうにないね」
彼女のその様子をおもしろそうに眺め、兄はもう一度腰を使い始める。
夜の間中、彼女の甲高い喘ぎ声が隆一の部屋中に響きわたっていた。
深い眠りについている愛しいくてたまらない妹の髪を手で梳きながら、その固く閉じられている瞼に優しく口づけをおとす。
昨夜、自分の耐えることのない欲望のままに何度彼女を抱いただろう。
自分の激情に流されてしまったことに隆一は珍しく罪悪感を抱いていた。
しかし、何度か軽く意識を手放しつつも彼が与える愉悦に最後まで従順だった彼女を思い出すと、やはり、理性を手放したのも間違いではなかったのだと思える。
皮張りの腕時計に目をやる。こうしてずっと妹のそばに寄り添っていたい気持ちはあったがそろそろ出勤せねばならない時間だ。
「いってくるね、杏樹 」
彼は名残惜しいとばかりに彼女の薔薇色の唇にキスをしてベッドから立ち上がった。扉に手をかけようとしてふと、わずかながら扉が開いていることに気づいた。昨夜確かに自分が最後まで締め切った扉が。
「…本当はいつまでも俺ひとりで独占してたいんだけど、そういうわけにもいかないか」
扉を引きながら誰にともなく独りごちる。
(そろそろ時期だとは思って覚悟はしていたつもりだった)
でも。
「やっぱり嫌だな」
彼は意味深な暗い笑みを残して自らの部屋をあとにした。
「ん…」
眩しい光に目を覚まして体を起こそうとするが、全身が痛くて起き上がることができない。ぼんやりとした視界の端でで時計を確認し、自分が大幅に寝過ごしたことを悟る
(学校…さぼっちゃった)
なんとなく窓の外見ると、雲一つない青空で高い位置に太陽がらんらんと輝いている。気持ちのいい秋の爽やかさとは裏腹に杏樹の全身は重く、気分も冴えなかった。長兄のベッドに転がったまま再びゆっくりと目を閉じる。
(昨日の隆兄さんの様子からすると、大輔くんと喧嘩になったのかもしれないな…)
「俺の杏樹だから取るな…とか?」
冗談のつもりで呟いたが、あの兄のことだ。ありえすぎて全く笑えない。
(明日、大輔くんに会ったらどんな顔すればいいんだろ?)
とりあえず、兄の非礼を謝って…
明日の段取りをもんもんと考えていると不意にギィィと扉の開く音がした。今の時間帯は誰もいないはずだが。
彼女は痛む体に顔をしかめながらのろのろと体を入ってきた人物の方に向ける。
「隼太?なんでまだ家にいるの?」
予想外の人物の登場に杏樹はびっくりして2番目の兄に目をやった。彼の通う大学は朝が遅い日もあるが、今日はたしか違っていたはず…
「さぼった。もっと大事な用ができたから」
彼女はひと言目の言葉に以前からの彼のさぼり癖を非難しようとしたが、自分の現状を省みて口を閉ざした。
「…もっと大事な用って何?」
自分のことを棚にあげて隼太に説教をしようとしたことに居所の悪さを感じて、それを隠すように言葉を発した。
「…」
その問に彼は答えることはなく、ただ杏樹のことをじっと見つめている。
「?」
彼の物言いたげな目線を追って自分の体を見下ろすと、シーツからむき出しの肩が出て、何も身につけていないことが一目瞭然だった。昨夜、兄に抱かれているときには気づかなかったが首や肩には『俺のものだ』と言わんばかりの真っ赤な痕が無数に散らばっている
「!」
(いつもは洋服で隠れるところにしかないのに…)
それだけ、昨夜の隆一には余裕がなかったということだろうか。
彼女はそれを2番目の兄の目から隠そうと咄嗟にシーツをたくし上げようとしたがその手をぱしっと掴まれた。
なおも彼女のことを凝視してくる彼に、杏樹はひどく違和感を感じた。
(そういえば、どうして隼太は私が隆兄さんの部屋にいるってわかったの?)
もしかしたら、私が自分の部屋にいなかったからその隣にあるこの部屋を覗いてみただけかもしれない。
彼女はそう思い込もうとしたが、悪い予感は全く消えなかった。隼太は杏樹の腕を強い力で掴んだまま、彼女に質問というにはいささか強すぎる口調で問う。
「杏樹。昨日の夜中、ここで隆一と何してた?」
「っ!!」
彼女の全身に電流がのような衝撃がかけ巡った。
その、悲愴な表情から全てを汲み取った隼太は、小さく舌打ちをしてからギシッとベッドに乗り、いらだちもあらわに杏樹の上に覆い被さった。
ぐっと顔を近づけて普段よりもトーンの低い声で語る。
「いつからだ」
「え?」
杏樹は質問の意図が理解できずに問い返した。
「いつから隆一とセックスしてた?」