「しちゃう?」-5
「おはよ」
翌朝の千香子。元気だけど、笑顔が途切れた。ぼくがむすっとしていたからだ。心がもやもやしていてまとまりのつかない苛立ちがあった。
何かがどこかに引っ掛かっている不快感。千香子を好きだとはっきり自覚したことで、何やら重いものを抱えてしまった憂鬱が生まれていた。
千香ネエはぼくの気持ちとは交わることのないところにいる。……当たり前のことだが、イトコの千香子は『イトコの千香ネエ』でいることが自然なのだ。わかっているのだが、そこにもどかしさがあってとても苦しかった。
「秀一くん。明日帰るんでしょう?今夜すき焼きにするわ」
朝の食卓を囲んでいる時に叔母さんが言った。
「霜降りのとろとろね。美味いよ」
千香子がぼくに笑いかけ、ぼくも合わせて笑顔を返した。
明日は午前中の講習だけである。東京駅に近いのでそのまま新幹線に乗ることになっている。
「今度は遊びに来てね」
「はい……」
千香子は朝から旺盛な食欲をみせていた。
子供の頃から活発で何事にも積極的な千香ネエ。いつもリードされっぱなしで、体力だけでなく口でも言い負かされてぼくの意見が通ったことはない。でも、彼女を嫌いに感じたことはなかった。それどころか、気がついてみると、ぼくの心は彼女に寄り添っていた。
(千香ネエに従うことが嬉しくて……そう、快感だった……)
いつからだったろう。思い出すこともない幼い頃から意識下に少しずつ音もなく重ねられていった想いなのかもしれない。
惜しげもなくさらけ出された裸身を初めて目にしたことでぼくの心は千香子の色に染まっていた。
(包まれたい……)
少しぐらい乱暴でもいい。組み敷かれてみたい。そんな願望すら芽生えていた。
そんな『千香ネエ』が初めて年下に見えたのはその夜のことである。
叔母が洗ってくれた衣類やノートをバッグに詰めていると千香子が入ってきた。
「荷物まとめてんの?」
「うん。明日は講義だけだから筆記具もいらないの」
「ふーん……」
うろうろしてから千香子がぼくのそばで小声で言った。
「終わったら、あとで、部屋に来て……」
見上げると微笑んで出ていった。
おやっと思ったのは妙にやさしい感じだったからだ。
「なんで?」
「うん。……明日帰っちゃうんだろ。会えないからさ」
(最後だからもしかしたら酒でも飲もうって言うのかな……)
でも、もう酔って眠ってしまうこともなさそうだ。夕食の時に毎晩叔父の相手をしてビールを飲んでいるのである。おそらくぼくより強いと思う。
後片付けを済ませて部屋に行くと、千香子はすでに布団に入っていた。
「あれ、寝てるの?お酒飲んでるのかと思った」
「あるよ。のむ?」
「いいよ。弱いから」
千香子は起きてこない。自分から来てと言っておいて……。
何の用事だったのか。
「もう寝るんでしょ?」
「シュウ……。夕べ、ごめんね」
「何が?」
「オナニー……」
「え?……いいよ、別に。見られちゃったのはしょうがないもん」
「ちがうよ。あたしの裸見て勃起したんでしょ?」
「そうだけど……」
「なのに、からかっちゃったみたいで。怒った?」
「怒らないけど……」
「シュウ」
千香子は夏掛けを捲くった。
(千香ネエ……)
全裸の姿があった。
「きて。全部脱いで」
全身の血流が急流となった。
「きて……」
(千香ネエ……)
「プロレスはやだよ」
「ばか。ちがうよ……」
股に広がる黒い一帯。滝壺から上がった肌色の股間が脳裏に現われた。あの時はこんな真っ黒な毛はなかっただろう。
(大人の千香ネエ……)
ぼくは魅入られたように千香子の裸身に目を奪われながら裸になった。
身を横たえると息がかかるほどの距離に千香子の顔があった。
「シュウ……あたし、あれから夜、オナニーしたの」
「……」
「ほんとは昂奮したの。シュウの勃起見て」
「そんな感じに見えなかった」
「そう?」
「だって、交尾のことなんか言うんだもん」
「あれは、ほんとのこと。カブトムシ」
「カブトムシ?……」
「そう。ずっと前、静岡で虫取り行った時、交尾してるの見たの憶えてない?あの時、すごく昂奮したんだ。オスが上になってメスと管が繋がってて掴んでも抜けなかった。あれを思い出すと昂奮しちゃうの。でも、昨日はちがうよ。シュウだよ。シュウに昂奮したんだよ」
憶えているが、カブトムシの交尾は何度も見ている。ぼくにとっては珍しいことではないので何とも思わなかった。
「オッパイ触って……」
布団を剥いで乳房が揺れた。ぼくはそっと手で包み、千香子の濡れた唇にキスをした。
「う……」
千香子の腕がぼくに絡み、互いに引き合った。
「千香ネエ」
「千香子って呼んで、シュウ……」
「千香子……」
「ああ、感じちゃう……」
千香子がどんどん柔らかくなっていく感じだ。
胸を揉み、膨らみに顔を押し付けた。
「シュウ……濡れちゃう……触って」
千香子はぼくの手を取り、下腹部へと誘導していく。
「触って……」
手は陰毛の生え際に置かれた。すぐに動かかなかったのは去年の夏を思い出したからだった。
(あの時……)
千香子が酔って眠ってしまった、あの夜。……