THANK YOU!!-4
「うん、だろうね」
「・・え」
てっきり、自分の言葉を否定されると思っていた拓斗は千晴の反応に驚いた。
よく考えてみれば、先程千晴自身も瑞稀からなにも聞いていないと教えられたばかりだから、当たり前といえば当たり前な気もするが。
隣にいた、秋乃は申し訳なさが消えたのか拓斗の顔を見てから溜息をついた。
「どうせ、瑞稀のことだから余裕のない自分を見せたくなかったんじゃない?」
「多分。あれで結構カッコつけたがるから。で、空回りでもしてダメになって、ますます鈴乃くんに言えなくなったんだろうね」
「そんなとこだね」
拓斗は目の前の会話に驚愕した。
瑞稀の意外な一面にも驚いたが、なにも知らないと言っていた千晴が、まさに数日前エンディという女の人から教えられた瑞稀の現状を当てたこと。驚きを隠せない拓斗の顔を見て、千晴は、「・・当たり、みたいだね」と苦笑いした。どうやら千晴の求めた答えが拓斗の顔に全て出ていたようだ。
「何も知らないけど予想はつくよ。小さい頃から変わらないし。」
「・・・」
「・・瑞稀は小さい頃から自分から伝えるのが得意じゃなかった。でも、根気強く聞けば答えてくれた。」
「・・・・」
自分の知らない、瑞稀の小さい頃。それを知っているのは家族と千晴のみ。
それがどうも悔しくて、なにも言葉を出せなかった。
千晴はそこで言葉を切ると一度視線を落とした。言っていいか、逡巡しているようだ。なにも言葉が出ないまま、拓斗はただ千晴をじっと見ていることしか出来なかった。
少しだけ待って、千晴が顔を上げて真っ直ぐに拓斗に視線を送る。
それは先程よりも強い。目を逸らせず、ただ見つめた。
「確かに瑞稀はなにも言わなかった。けど、最後まで聞こうとしなかったのは鈴乃くんじゃないの?」
「・・・・」
向けられた視線が、言葉が、拓斗の身体や心に突き刺さった。
予想外の言葉に目を見開くことしか出来ず、頭で考える余裕さえも無くなる。
そんな拓斗に追い討ちをかけるように、今まで黙っていた秋乃が言う。
「瑞稀が辛そうな声をしてる時、落ち込んでいる時、お前は気付いていたんじゃないの?どうせお前のことだから、瑞稀が『大丈夫』って言っただけで無理やり流されたでしょ」
「・・・っ」
これも図星。
ずっと気になっていて、電話で話したときに『大丈夫か』って聞いても『大丈夫だよ』って言われて、拓斗の話に持って行かれて強制的に様子を伺えなくなってしまう。
それを言い当てられたことが悔しくて、拓斗は「一方的過ぎる」と呟いた。ただの愚痴でしかない。
「お前と同じだろ」
「は?」
ただ呟いただけだったのを拾った秋乃の言葉に、反射的に聞き返した。秋乃の言葉の意味が理解できなくて。すると再びキッと睨みつけられた。
「別れを切り出した時のお前と同じだろ!」
「・・!」
はっきりと言われた言葉。
いつもなら、何で柊が、拓斗が瑞稀に別れを切り出したことを知っているのかとか、それを言いたくてこんなに回りくどいことしていたのかとか。言いたいことがたくさんある。
でも、何にも言葉にはならなかった。
「なにも聞いてなかったからって、瑞稀が言わなかった理由すら考えようともしない。そんな一方的なのってある!?」
「・・・」
拓斗は黙る。事実だったから。確かに自分は今の今まで、どうして瑞稀が黙っていたのかなんて考えようともしなかった。ただ瑞稀が自分に対してなにも言わなかったという結果だけ受け止めて。
「鈴乃くん。恋ってさ、凄く難しいんだ」
「・・は・・・?」
今まさに実感していることを言われ、苛立ちを隠せずに聞き返した。当の千晴はお構いなしで続けた。
「相手に多くを求めたり、逆に与えすぎたり。欲張って、相手の全てを欲しがる。望む。」
「・・・」
「人の感情ってさ、目に見えない。だから相手が何を思っているか不安になったりする。」
「・・・」
つい先日の自分のように。今の自分のように。拓斗は心の中でその言葉を付け足した。
「でも、見えない相手の気持ちを信じること。信じることは人を愛することじゃないかな」
「・・!」
「簡単に愛することを止めたら、その人を信じないことにもなるんじゃないのかな。」
寂しそうに千晴は笑ってみせた。彼女のことを何も知らない拓斗ではあったが、これだけは分かった。その笑顔は、作られたモノであること。拓斗が何か言う前に、秋乃が口を開いた。
「鈴乃。アンタは彼氏でしょ?瑞稀の彼氏なら過保護なくらいが丁度良いんだよ。遠慮なんかすんな」
「・・・柊」
「瑞稀がカッコつけたがるくらい、瑞稀にとってよっぽど鈴乃くんが大切なんだと思うよ。それだけは信じてやって。」
「・・木ノ瀬・・。俺・・アイツのこと・・」
なにも分かってなかった。そう言おうとした言葉を、秋乃が手で制して止めさせる。
拓斗の言い分にあった不安も心配も、同じようにして秋乃自身が感じていたことだろう。悲しそうな顔をして拓斗を見つめていた。
「もうウチらが出来るのはここまで」
「あとは鈴乃くんに任せっよー」
いつもの、クールな顔に戻った秋乃と、マンガのキャラクターからセリフを引用する千晴。二人は優しい目を拓斗に向けていた。そんな二人に応えようと強く頷く。
すると千晴がポケットから一枚の紙を取り出して、フェンスを叩きすぎて赤くなっていた拓斗の手に握らせた。
「・・これ」
握りこぶしを開いてみると、チケットだった。海外のオーケストラによる一ヶ月後のコンサート。
「鈴乃くんにプレゼントフォーユー」
「必要になると思うし、とっておきなよ」
「・・・サンキュー」
やっと、笑顔とまではいかなくても優しい表情を見せた拓斗に、秋乃と千晴は顔を見合わせて笑った。