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スプーン・ポジション
【女性向け 官能小説】

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メール調教-2



こんなふうに「満たされた」と感じる朝は何年ぶりのことだろう。


床に脱ぎ散らかしたままのスーツやストッキング。
素肌に直接まとわりつく羽布団の肌触り───。

ふしだらに乱れてしまった翌朝の、甘く気だるい心地良さを、私は随分長い間忘れていたように思う。


何度も掻き回され繋がった部分が、まだじんわりと濡れているのがわかる。

「また、彼に抱かれたい──」

私の中に、昨日まではなかった強くハッキリとした欲望が芽生えていた。

今日と明日は会社が休みだから一輝に会えない。
せめて「おはよう」のひと言だけでいいから声が聞きたかった。

携帯を手に取ろうと身体を起こした時、不意に窓の外で小さな子供の笑い声と、ぱたぱたかけていくような足音が聞こえた。

そうだった──うかつに電話やメールが出来る状況じゃないんだ。

伸ばしかけた手を慌てて引っ込めて、思わず首をすくめた。


今頃あの人は、何食わぬ顔で家族と食卓を囲んだりしているのだろうか。

付き合っていた頃は「朝は食べない主義だ」と言いながらいつも私のトーストをちぎって半分食べていたけれど、今はどうしているのだろう。

ぼんやりと妻のパンを横取りする一輝を頭に思い描こうとしてみたが、なんだかひどく滑稽に思えてうまく想像できなかった。



「なんか──おなかすいたな……」

枕元の時計を見ると、すでに9時を回っている。

ベッドから這い出して、この前買い変えたばかりのカシミアのスウェットを素肌に直接引っ掛けた。

一着数万円する高価なものだけれど、あまりにも着心地がいいから、一度使い始めたら手放せなくなった。

若い頃はそうでもなかったのに、長く独身生活を続けるうちにこういった「モノ」に対するこだわりがだんだん強くなってきたように思う。

それは、この部屋着のような高価なものに対してばかりではない。

それこそハンカチ一枚からボールペン一本に至るまで、自分が本当に気にいったと思うものを持たなければ気が済まないというか、少しでも好みに合わないものが自分のテリトリーにあると、ひどく疎ましく感じてしまう。

結婚して子供もいる同い年の友達は、量販店で買ったTシャツにノンブランドの化粧品が当たり前だと言っていた。

そんなものにお金を使うならば、家族で焼肉を食べに行ったり、子供のための新しいスニーカーを買ってやりたいのだと言う。

そんな生活を強いられる自分を想像するだけで息がつまりそうになる私は、そもそも結婚にむいていないのかもしれない。

トースターの扉を開けて、いつもネットで取り寄せているお気に入りのパンを放り込み、コーヒーメーカーのスイッチを入れる。

軽くトーストしたこの甘いデニッシュにバターを塗って、スッキリとしたコナブレンドを合わせるのが最近の朝の定番だ。



コーヒーの落ちるコポコポという音を聞きながら、少し外の空気を吸おうとベランダに出ると、ちょうど隣の部屋の木村が外に出てタバコをふかしているところだった。





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