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スプーン・ポジション
【女性向け 官能小説】

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メール調教-3



「おはよ」

いつもならタバコの煙に文句の一つ二つは必ず言ってやるのだけれど、今日は優雅な気分を壊したくないからさらりと声をかけた。

気分がいいせいか、自然に穏やかな笑顔になるのが自分でもわかった。

しかし木村は考えごとでもしているのか、そっぽを向いたまま返事もしない。


──さては、また面接にでも落ちたかな。

「おはよ」

隣のベランダに身を乗り出すようにしてもう一度声をかけたが、やはり木村は返事をしなかった。

私の言葉など完全に耳を通り抜けているみたいに、じっと遠くを見たままタバコをくわえている。



「ちょっと!どうしたの?ひょっとして──また面接にでも落ちた?」

絶対に聞こえているはずなのに、木村は仏頂面のまま相変わらずの無視。

『勝手に決めつけてんじゃねーよ!』といつもの元気な口応えが返ってくると思っていた私は、なんだか拍子抜けしてしまった。

私の憎まれ口がきっかけで暗い気分を切り替えてあげられることが多いからそのつもりで言ったのに、これじゃあ私が単なる「やな奴」じゃない。



でも──今日の木村は明らかに様子がおかしい。
もしかして……大本命だった企業にでも振られたのだろうか?


木村は、確かにちょっと見た目はチャラいけど、性格は真っ直ぐでいい奴だと思う。
テラシマでのアルバイトもなんだかんだ言いながら真面目に頑張ってるのがわかるから、再就職がなかなか決まらないのが気の毒でならない。


この男は、なんとなく出来の悪い不器用な弟みたいでほっとけないところがあるのだ。
木村が落ち込んでいると、こちらまで調子が出ない。
早くいつもの元気を取り戻して欲しかった。


「あー、あのさ……あんたを落とした面接官、見る目ないと思うよ。あんたって、ほんとはすごくまじめだし、案外気がきくっていうか、私みたいな赤の他人に対してもすごく……優しいっていうか、思いやりもあるし……」


いつもは憎まれ口ばっかり言い合ってる間柄だけど、今日は珍しくちゃんとストレートに褒めたつもりだった。



しかし木村はやはりニコリともしなかった。
そして、私と一度も視線を合わさないまま、吸いかけのタバコをぐりぐりと灰皿に押し付けると、吐き捨てるようにこんなことを言った。



「……見る目ねぇのは、テメーだろ」

「──えっ?」


一瞬誰に対して発せられた言葉かもわからず、私はポカンと口を開いた。

「落ち込んでるかと思って心配してたのに、ヘラヘラ笑って能天気な女だな」

「……は……は?」

呆気に取られる私を尻目に、木村はプイと部屋の中へ入ってしまった。



───今のは、なに?



な……なにあいつ?

あたし、あいつに、何かした?

なんで朝っぱらからあんなこと言われなきゃならないわけ?


そのとき、部屋のほうからデニッシュが黒こげになった匂いがただよってきた。

「だあぁぁぁっ!」

慌てて部屋に飛んで入ってトースターを開けたが、もはやそれは炭の塊みたいな物体でしかなくなっていた。

部屋いっぱいに焦げた匂いが充満して、もはや優雅な朝食どころの気分ではない。



「な、な、な──なんなのよっ!」


あんなやつとしゃべるんじゃなかった。せっかく最高の気分で気持ちのいい朝を迎えたっていうのに!

わけのわからないことで八つ当たりされた──。
そのとき私はそう思い込んでいた。

あいつのベランダの灰皿に山盛りになっていた吸殻の意味も、全く気付いていなかったのだ。





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