つがいの条件-6
自宅の玄関を開けると、奥のキッチンからマルセラが飛び出してきた。
可愛いエプロン姿だが、ちゃんと服は着ている。どうやら今日の夕食はパエリヤらしく、マルセラと一緒に良い匂いが漂ってきた。
「お帰りなさい!」
肩にかけた武器ケースを置き、栗色の髪をなんとなく撫でた。
初めてあった時から成長したといっても、相変わらず小さいと思う。
(つがい、か……)
誰かと寄りそうなど、出来るはずないと思っていた。
弱いヤツは嫌いだし、強いヤツなら戦って倒したかったから。
それでも生涯にたった一人、マルセラだけなら一緒に居たい。
弱くて非力なくせに、ジークをちっとも怖がらず、いつだって度肝を抜いて慌てふためかせてくる。
弱くて強くて……――たぶんそれが、ジークに宿る人狼の血が認めた、つがいの条件だ。
「どうしたの?」
無言で頭を撫でるジークに、マルセラが首をかしげる。くりくりした大きな瞳で見上げる『つがい』に軽く口づけた。
マルセラが驚いている隙に、小声で告げる。
「……ただいま」
小さな頃は、この言葉を使うことも使われることもなかった。
退魔士養成所の寮で、生活態度を根本から叩き直すと、挨拶をきっちりするようには躾けられたが、寮を出てからは一人暮らしだったから、すぐ使わなくなった。
だから三ヶ月前からまたこの言葉が必要になっても、今度は照れくさくて敵わず『ああ』とか適当に誤魔化していた。
顔が赤くなるのを感じて顔をしかめると、同じように頬を赤くしたマルセラが、エプロンをもじもじと握り締めた。
「あのね……一度、言ってみたかったセリフがあるんだけど……」
「なんだよ?」
促すと、小さな身体が勢いよく抱きついてきた。顔をあげたマルセラは、キラキラ輝くような満面の笑みを浮べる。
「お帰りなさい、あなた! ご飯にする? お風呂にする? それとも……」
「――――アホかぁぁぁ!!!!!!」
やはり、マルセラの参考資料を全部チェックしておいたほうが良さそうだ。
溜め息をつき、ジークはマルセラを横抱きに抱え上げた。
「え? え?」
「俺が一番欲しいのは決まってるだろ」
出来立てのパエリヤは好物だが、冷めてしまっても電子レンジという代物がある。
いやはや、便利な時代になったものだ。
いつだって一番に喰いたい大好物をしっかりと抱え、昨日買ったばかりのダブルベッドが置かれた寝室に直行した。
終