つがいの条件-5
――翌日。
勤務を終えたジークはまっすぐ帰宅せず、自宅と駅の反対側にある一軒屋を訪れていた。
古書や骨董品であふれたこの家は、いつ来てもまるで旧時代に紛れ込んだような気分になる。
「……ああ、たしかに他種族と交わった時、人狼の回復力がうつる時はある。ただ、誰でもというわけではなく、相性の良い相手に限るようだが」
書斎で椅子に腰掛けたギルベルト・ラインダースが頷いた。
「なんでだよ?」
向いに座ったジークは質問を重ねた。
ギルベルトに用がある時は、手軽に電話で済ませられないのが厄介だ。
しかしマルセラについた噛み痕があっという間に消えた理由を知るには、人狼の生態を詳しく調べていたギルベルトに聞くのが一番だろう。
三十代半ばの彼も、ジーク同様にやはり二十代にしか見えない。
彼の話によれば、戦闘種である人狼は、幼年期が短く青年期が長いそうだ。
「う〜ん、俺も理由までは断言できかねるがなぁ……」
ジークよりも完全な人狼の身体をもつ考古学者は、しばらく目を泳がせたあと、ぼそりと呟いた。
「憶測で言うなら、種の存続のためじゃないかと思う」
「種の存続?」
「ああ、人狼は非常に生命力が高いし、多産で双子や三つ子の率も多かったそうだ。あれだけ同族間で死闘を好みながら、一時期はかなりの数まで増えた。
好戦的すぎる性質を、数と生命力で補っていたのだろうな」
まぁ、結局は滅んでしまったわけだが……と、少し悲しそうに言い、ギルベルトは机の傍らに置かれた古い古いノートの表紙をなぞった。
「人狼は一度決めた伴侶を『つがい』と呼び、生涯にわたってその相手を愛し続けるそうだ」
「そいつはまた、一途なもんだ」
「ああ、君もな」
からかわれ、顔が熱くなるのを感じて唸った。
「うるせぇよ。肝心なのは、なんで回復力がうつるかって話だ」
ギルベルトは口元に柔らかい笑みを浮べ、机に飾られた自分とハーフエルフの妻が写った写真へ視線を走らせる。
「人狼が、つがいに同族以外を選ぶのは非常に珍しいようだ。彼等は基本的に他種族を見下していたし、異種間では子も出来にくいからな」
「ふぅん……」
「俺たちは感情が高まると、つい暴走しすぎるだろう? 相手がそれほど丈夫じゃないとわかっていても手加減できない……つまり、他種族から得たつがいの身体を壊さないためじゃないかと思う」
自身も覚えがあるのか、ギルベルトは苦笑して暗灰色の髪を掻いた。
「しかし三ヶ月か、よく我慢できたな。俺はそっちに驚くよ」
人の悪い笑みを向けられ、やっぱりコイツはウリセスの親戚だと思った。
「いやはや、なるほど。大した救済措置だ」
顔をしかめ、ジークは椅子から立ち上がった。
マルセラを痛めつけるような抱き方をしてしまうのも人狼の本能なら、それを癒すのも人狼の能力ということか。
扉を開けると、茶を乗せた盆を手にしたエメリナと鉢合わせした。
「あれ? もう帰っちゃうの?」
「ああ、知りたい事は聞けた」
軽く手を振り、アンティークな玄関に向う。
コイツ等と馴れ合うつもりなんかなかったのに、いつのまにか当たり前のように顔を着き合わせる機会が増えた。
しかしギルベルトと一緒にいると、先祖の亡霊たちが隙あらば何かで勝負させようと、尻尾を揺らしてうずうず待ち構えているから、あまり長居はしないほうがいい。
石畳の道を歩き出し、ふと空を見上げれば、暗くなり始めた空に薄っすらと三日月が浮かんでいた。