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王国の鳥
【ファンタジー その他小説】

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アールネの少年 3-8

※※


 アハトが戻ったのは、もう日も暮れる刻限のことだった。

 なかなか帰って来ないので、さすがに心配になってきたシェシウグル王子は、様子を見に行こうとエイを誘って家を抜けだした。
 そうして林を出て見晴らしのよい丘に出た途端、西日の影のような猛禽は悠々と彼らの元へ舞い降りたのだ。

 二人の眼前で変化したアハトは疲れた様子もなく……もちろん、遅い帰還を反省する風もなく、涼しい顔で口を開いた。

「先発隊はアールネ軍と北ナブフル反乱軍から逃げ切り、進軍中の本隊と合流しました。敵軍は追撃を諦め、黒森砦跡に陣を構えています」

「見に行っていたのか」

 シェシウグル王子は、心配させたことを怒るべきか迷うような、あいまいな表情で言った。

「メイテ将軍に王子の無事は伝えました。さほど心配はしていなかったようですが」

「……まあ、お前と一緒だというのは皆わかっているからな。何か伝言は?」

「『本軍は当初の予定通りに黒森砦跡を奪回し、王都バスハでセリス王子奪還作戦を行う』。『北面道路からの経路をとる』。『無事の帰還を待つ』」

 アハトは書面を読むような一本調子で『伝言』を伝えた。
 王子は、そうか、と腕組みをしたかと思うと、そのまま考え込むように沈黙に入った。

「……合流しないのですか」

 アハトが口を挟んだ。

「もう十分に回復しています。あなた方を連れて飛ぶくらいはできますが」

 シェシウグル王子は腕組みしたまま顔をしかめた。

「いやだ。あんな飛行は二度とごめんだ」

「そんな理由で……あなたの立場でこれ以上の個人行動は身勝手というものでは」

「なんと言われようが絶っっ対に、いやだ。だいたい、ここで合流したら別行動した意味がないだろう」

「追撃を撹乱する意味はあった」

 アハトは、そう冷静に言い返して王子を黙らせてから、ふと気付いたように続けた。

「……何か、別の計画が?」

「計画?」

「確か、彼と北ナブフル王子を交換する、と言っていた」

 彼、と言いながらアハトはちらりとエイに目を遣った。

「ああ。その計画は変更だ。今のこいつではセリス王子と対等のシチにはならんようだから」

 シェシウグル王子はあっさりと否定した。

「……今の?」

 聞きとがめて眉をひそめたアハトに答えず、彼は何か思い付いたとばかりにぽんと手を打った。

「そうだ。そういうわけだからお前、ひとっ飛びして北ナブフルの王子をさらってこい」

 目を剥いて王子を振り返ったエイに対して、アハトは表情を変えずに応えた。

「そんなことに力を使うのは……」

「今さらだろ。砦をぶち壊したのは誰の仕業だ」

「あれは非常時でした」

「こっちだって非常事態だ。五つの子供が悪い軍隊に囚われているんだぞ、かわいそうに」

 ふざけているのか本気なのかわからない調子で、嘆くように天を仰ぐ。対するアハトは冷ややかなものだった。

「人質がこちらの手に入れば、北ナブフル王都での戦闘行為の名分がたつと考えているでしょう。ツミは政治への関与はしません」

「例外条項があっただろう、確か」

「王とその家族の命の危機がみとめられ、直接その身を守るために必要と考えられる非常時に限り。城砦の破壊が解釈の限界です。あなたのいない場所で、作戦行動への従事はしません」

 『拡大解釈』をしてやったのだ、と言わんばかりの尊大な口調で、アハトはきっぱりと拒絶した。
 シェシウグル王子は、一瞬だけぐっと押し黙った。だがそれもほんのまたたきの間のことだった。彼はすぐに気を取り直して言い返した。

「いいから、言う通りにしろ。俺を捕虜と二人きりにして寝込んでいたことは黙っておいてやる」

「それは、」

 今度はアハトが言葉につまった。
 ちらりとエイに視線を送り、すぐに戻す。

「……彼が、あなたを傷つけないことはわかっていました」

「そんなことは俺だってわかっているさ。だが、報告を聞いたエナガはどう思うだろうな?」

 そのエイの知らぬ名が出されたとき、白い喉元が動いて、少年が小さく息を呑んだのがわかった。

 短い沈黙ののち、彼は非難がましくシェシウグル王子を睨みつけた。

「……騒ぎになりますよ」

「いいぞ、派手にやれ。アールネまで届くほどにな」

 シェシウグル王子はにやりと口の端を持ち上げた。


※※※


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