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王国の鳥
【ファンタジー その他小説】

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アールネの少年 3-3


 シェシウグル王子は考え込むエイをしばらく眺めてから、窓際に近付いた。

「アハト、もういいぞ」

 窓の外に小声で呼びかけるが反応はない。

「……すねて、その辺をうろついているんだろう。放っておけばそのうち戻る」

「もう大丈夫なんでしょうか? ついさっきまで寝込んでいたのに、その辺に墜落しているってことは」

「大丈夫だろう。さすがにそんな状態なら言うさ」

 シェシウグル王子は平然とそう言ってから、たぶん、と小声で付け加えた。
 補足を聞いて不安にかられたエイをよそに、彼はどっかりと椅子に座って食事を始めた。
 匙をかちゃかちゃと鳴らしてスープの具をかたはしから掬いあげては口に放り込んでいく。最後に皿を持ちあげたと思うと直接口をつけ、油の浮いた汁を音を立てて飲みほした。

 エイは知らず目を丸くした。行儀が悪い。
 彼自身、粗野な軍人の間で育ったようなものなので、他人のマナーにとやかく言うつもりはないが、それにしても……
 あっけにとられているうちに彼はあることに気付いてあわてた。

「あの、彼、アハトの分は、」

「とっておかなくていい。あいつはどうせ食わん」

「そういうわけには、」

 戸惑うエイをよそに、彼はそういえば、とふと顔を上げた。

「そういえば、先刻アハトの歳を聞いていたな」

 エイは小さくため息をついた。会話になっていない。大国の王子とはどこでもこんなものなのだろうか。

「何か気になることでもあったか?」

「弟のような子がいるんです。ちょうど彼と同じくらいだなあと思って。もっとずっと子供っぽい子ですけど」

「エレヴ公子のことか? アールネ公の世継ぎの」

「ご存知ですか」

「名前だけな。どんな男だ?」

「男……」

 エイは少し考えるように間を置いた。

「……というかまあ、子供ですよ。馬術も剣術も学問も楽しそうにこなして、兵士や召使いにも優しくて。授業をサボったりいたずらもしますけど、教師達も憎めないみたいで。それによく笑う良い子です」

「心身ともに健康で、人に好かれるたちか」

 なるほど、とシェシウグル王子は腕組みした。

「戦争は好むか?」

「どうでしょうね。戦に行ってみたいとはよく言いますが……子供は、知らないうちは、みんな憧れるものですし」

「みんな、ね。お前もそうだったのか?」

「いえ、僕は……」

 探るような問いかけに、エイは目を伏せた。
 彼は戦争行為に対して好きとも嫌いとも感じたことはない。幼い日を思い返してみても、アールネの他の子供のように建国戦争の英雄譚に憧れを抱いた覚えはなかったし、長じてからも兵士たちの侵略への熱狂に共感できたことはなかった。
 にごらせた語尾に、シェシウグル王子はひとり納得したように頷いた。

「お前ほどの腕になると、戦場はつまらんのかもしれんな」

「それは買いかぶりすぎですよ……」

「どうかな」

 彼は肩をすくめた。

「それでそのエレヴ公子、父親とは仲が良いのか? つまり、父親を尊敬して、彼のような国主になりたいと考えている様子か?」

 どういう趣旨の質問か判じかねてエイは目を泳がせた。

「仲は良いと思いますが」

 リアは息子をあからさまに甘やかすような父親ではない。だから態度だけ見れば冷淡なようではあるが、それでも公子には目をかけ、大切に接しているのは間違いなかった。
 公子は父を尊敬し絶対の信頼を置いているが、必要以上に恐れてはいない。普通の親子だ。

 だがエレヴ公子が国家統治に対してどんな理念を持っているかなど、エイには知る由もなかった。あの屈託のない少年が、そんな小難しいことを考えているという発想すらしたことがない。

「そうか。少なくとも平和主義者ではなさそうだ」

「なぜそんなことを?」

「戦争するなら、平和主義者相手の方がいいだろう」

 首をかしげたエイに、王子はふと気付いたように言った。

「確か、アールネ公リアの弟のうち、上のセラは庶出で、嫡出のお前の方が公位継承順位は上だったな。エレヴ公子の次だ」

「……一応、形の上では」

 アールネの相続法を思い浮かべながらエイは小さく頷いた。

 ちなみにアールネでは男系相続が基本のため、セラより上の姉であるモルには公位継承権は与えられない。ただし嫡公女の産んだ子供が男であった場合、その子には権利が付与されることになっていた。
 アールネ建国から四世代、これまで公女に男児が生まれた例がないため、法律上の話でしかないのだが。

「お前を人質に、アールネに乗り込むってのはどうだ」

「えっ」

 冗談で言っているのだろうとエイは思わずシェシウグル王子の顔をのぞきこんだ。ところが驚くべきことに、彼はいたって真面目な表情をしていた。

「あの、それは……おすすめしませんが」

「どうしてだ」

「僕には人質の価値がありません。……兄のリアは、手を汚さずに僕を消す機会を逃しはしないでしょう」

 王子はわずかに目を瞠った。


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