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王国の鳥
【ファンタジー その他小説】

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アールネの少年 3-2

「い、いまのは鴉? 鴉が入り込んでいたんですか?」

 扉を開けた娘は、怯えた様子でそろそろと顔をのぞかせた。

「そうらしいな」

 シェシウグル王子はけろりと応じた。

「空気を入れ替えようと窓を開けたら、入ってきたんだ。困ったものだな」

 そう言って、彼は悪びれもせずに窓をぱたんと閉じた。

「何か用だったか?」

「あっ、はいっ」

 彼らとほぼ同年代と思しき娘は、はっとしてエイに向き直った。

「エイさま。粗末なものですけど、お食事を……」

「助かるよ」

 見れば、彼女の持つ盆には穀物粉を固めた備蓄糧食を野草と一緒に煮込んだらしい簡素なスープの入った皿が湯気を立てていた。

「あの、本当に、お口に合わないと思います……すみません」

 ひどく恐縮しながら盆をささげる彼女に、エイは言った。

「僕はそんなすごい美食家じゃないよ。十分においしそうに見える」

「エイさま……!」

 娘は感激したように目をうるませた。

「あの、そちらの方は」

「俺もそう贅沢は言わん。ありがたくいただこう」

 シェシウグル王子は快活に笑って皿を取った。

「食糧は切り詰めているんだろう。僕らがこんなにもらっても大丈夫?」

「とんでもない!」

 娘は驚いたように目を見開いた。

「心配しないでください。この家の者はみな、エイさまのおかげでこうしていられるんですもの」

「……そんなに、恩に着なくていいんだよ」

 エイは目を伏せながら、低く呟いた。

「またそんなこと」

 彼女は微笑んで首を横に振った。
 手入れの行き届いた艶のある黒髪に、明るい鳶色の双眸。うすくそばかすの浮いた白い皮膚に、骨の細い華奢な体格。言語の抑揚にも特有の訛りがある。典型的な北ナブフル人女性だ。
 侵略者アールネとその公弟であるエイを、自国の仇と憎むべき……

「ごゆっくり召し上がってください。あとでお皿を取りに来ますね」

 娘は、憎しみのかけらもない笑みでそう言って頭を下げた。

※※

「下にいる女たちは、みな同じ町の出身だと言っていたな」

 娘が退出してから、シェシウグル王子がふと呟いた。

「話されたんですか」

「少しな。敵に通じている心配はないようだ。命を助けられたと、たいそうお前に感謝していた」

 敵とはつまり、アールネのことだ。それを察してエイは目を伏せた。

「僕たちが来なければ、あの町は平穏だったんです。さっきの彼女も家族を失っていますし、中にはひどい辱めを受けた人もいます。僕が助けたなんて言えた立場では……」

 彼女を含むこの家にいる女たちは、エイの率いるアールネ軍が黒森砦へ向かう途中、滅ぼした小さな町の生存者だった。
 アールネ軍の略奪から逃れるために地下道に隠れていたところを、エイが発見してかくまったという図式である。
 見つけたのはまったくの偶然だった。その後実際に助けたわけでもなく、単に残党狩りをしていた自軍の兵に、発見した旨を伝えなかっただけのことだ。
 行軍のさなかに見つけた、山間に打ち捨てられていたこの小さな廃屋を教えたのも、十分に親切とは言えなかっただろう。女子供数人でたどり着けるとは思っていなかったし、着いたとしても食糧も水もなく生き延びられるかは怪しかった。
 エイ自身、それほど案じてもいなかったのだ。実際のところ、昨夜になって隠れ家の必要に迫られるまですっかり忘れていた。
 混乱に乗じて奪った馬で夜を徹して駆けてこの家にたどり着いたとき、彼らを迎えた女たちの顔に、エイは困惑したものだった。彼女たちは、喜んでエイを迎え入れたのだ。

 ……なぜ、喜んだのだろう。

 もしかして、喜んでいるように見えたのは彼の誤解だろうか。はっきりと罪悪感さえ抱いているつもりはなかったが、深層の自分は、彼女らに恨まれていたくないという願望を持っていたのかもしれない。

「……こうして頼っておいて、こんなことを言うのもなんですが」

「命を掬いあげてやったんだ。現時点ではそれが至上だろう」

 シェシウグル王子はあっさりとそう言った。

「今は恨みつらみに身を任せられる状況でもあるまい。そういうのはとりあえず生きることに余裕ができてからだ。そのときにはお前も、あいつらの感情に向き合うことだ」

「感情に、向き合う……」

「今ではお前もあいつらの敵ではなくなったわけだしな。そういう意味では、気持ちの整理もつけやすいだろう。お前が敵の間は、恩を受けても素直に感謝できるものじゃなかったろうから」

 そういう理屈もあるのか、とエイは感心を覚えた。
 あまりに蹂躙した側にとって都合の良い考え方なので、素直に納得できるかどうかは別としても、彼は少し視界が広がった気分がした。


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