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王国の鳥
【ファンタジー その他小説】

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アールネの少年 3-1

※※※


 陽光の射し込む方向が変わって、クッションの上で自らの羽根に埋もれるように丸まって眠っていたアハトをまともに照らし出した。
 これでは眠りづらいだろう、とエイがカーテンを引くために立ち上がったちょうどそのタイミングで、漆黒の鳥はぱちりと赤と黒の目を見開いた。
 鋭い猛禽の目が数秒間、じっとエイを見つめる。睨みつけるような目つきにエイが怯んでいる間に、彼は軽く身じろいで、バサリと一度翼を羽ばたかせてから人間態に戻った。
 鳥態になったときと同じく、何の前兆もなく、鳥と人とが入れ替わる。縮んだり伸びたり、身体が変形するような素振りもまったくない。この変化はどういう仕組みなのだろうとエイは内心首をひねった。

「やあ、起きたね」

「ここは……どこだ」

「北ナブフルの外れにある小さな屋敷だよ。大丈夫。この家の人は信頼できるから」

「この家……」

 彼は思案げに目を伏せた。

「俺はどれくらい寝ていた?」

「半日ってところかな。そろそろお昼だよ」

 アハトは首をめぐらせて自分の周囲を確認した。
 探し物を察して、エイは問われる前に告げた。

「シウなら下の階にいるよ」

「……シウ」

 少年はぽつりと鸚鵡返しに呟いた。

「王子が、その名を両親以外に呼ばせるのを初めて聞いた」

「彼もそう言っていたね。彼の友人は何て呼ぶんだろう」

「王子に友人なんかいない」

「えっ……そうなんだ」

 きっぱりと言い切られて、エイはたじろいだ。本人のいないところで公言されるのも哀れな気がする。

「ええと、君は、彼の友だちでは?」

 アハトはあからさまに嫌そうな顔をした。

「俺は王子の守護を、頭領から任されているだけだ。断じてそんなものじゃない」

「そ、そこまで言わなくても」

 エイは苦笑した。シェシウグル王子は一応彼の上司なのだろうに、あまりな物言いだ。

「でもそんなに大事な名前を、なぜ僕に……」

 しかも、かなり適当なノリだった。

「知るか」

 アハトはふいと横を向いてそう言い捨てた。
 その過剰なそっけなさにエイの脳裏にある考えが浮上した。無関心そうだが、彼はもしかして、少しは悔しがっていたりするのだろうか。
 事実か否かはともかく、そんな考えが浮かんだことで、エイは妙にアハトに対して親近感を抱いた。

「君は、歳はいくつになる?」

 アハトは怪訝そうに答えた。

「……十四歳」

「誕生日が来ていないから、まだ十三歳だろう。何を地味にサバ読んでるんだ、お前」

 割り込んできたあきれ声に、エイとアハトは二人してそちらに顔を向けた。シェシウグル王子が腕組みをして入口に立っている。
 彼はにやにや笑いを浮かべながら入ってきた。アハトが不快げに王子から顔をそらす。

「グラリスにいる幼なじみの娘が先に十四になったから、焦ってるんだ」

「焦ってないです」

 ぼそりと呟かれた反駁を、完全に無視して彼は続けた。

「どうせ三ヶ月しか違わんのだから年上も年下もないのにな」

「……二ヶ月」

「はいはい二ヶ月二ヶ月。細かいな」

 シェシウグル王子は肩をすくめた。

「まあいい。ほら立ってみろ」

 アハトは怪訝な表情をしながらも、無言で立ち上がった。立った彼に王子はずかずかと近付き、両腕を掴んで手を挙げさせた。
 少年がぎょっとして振り払おうとするより先に、彼はぱっと手を放した。ついで額に手をやって、前髪をくしゃりと持ち上げる。
 アハトはおそらく罵倒しようとしたのだろう、険しい顔で口を開きかけたが、結局何も言わなかった。彼が何か口にするより先にシェシウグル王子は頭から手を退かし、今度はぽん、と一つ肩を叩いたのだ。

「よし。回復したな」

 王子は破顔した。安堵の響きがあるのはエイの気のせいではなかっただろう。
 彼は遠慮なく、一つしかない椅子にどっかりと腰をかけた。

「砦ひとつぶち壊すくらいで目を回すとは思わなかったぞ」

 からかいまじりの言葉にアハトはわずかに視線をそらした。

「……あれくらい、大したことじゃありません。元から疲れていた」

「疲れているなら言えばよかったんだ」

「そんな状況じゃなかった」

 淡々とした口調で、だが言い訳がましく彼は言い返した。シェシウグル王子と目を合わせようとしないところを見ると、内心少々恥じ入っているのかもしれない、とエイには思えた。

「壊れた生物を修復するのは簡単なことじゃない。他の者ならば、力を根こそぎ食い尽くしても完全には直せなかったはずです」

「壊したのはお前だろう。……どうした?」

 アハトがふと扉の方に目を向けたので、王子はいぶかしんで同じ方向を見た。

「人が近付いてくる音が」

「この家の人かな。……あっ」

「何だ?」

「いえ……ここに来たときは二人だったので」

 そう聞いたシェシウグル王子もあっと声をあげると、エイと二人してアハトを見た。

「アハト。お前、化けてちょっと出ていろ」

 王子はひらひらと追い払う手つきで手を振った。アハトは嫌な顔をしながらも、無言で窓のそばに寄った。がちゃりとドアノブが回る。
 バサバサと羽ばたき音が遠ざかると同時に扉が開かれ、きゃっ、と短い叫びが響いた。


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