あたしが欲しかったもの-4
ギリッと奥歯を噛み締めていたせいか、こめかみの辺りがズキズキ痛む。
俯いて不安を飲み込むように、ガトーショコラをチビチビ食べているその仕草が癪に触る。
その白いプレートの横で、恵ちゃんのピンクのスマホがちょこんとその存在感をアピールしている。
この中には、陽介の携帯番号も、メルアドも入っているんだ。
あたしの知らない、変わってしまったアイツの連絡先が。
ふと甦る、こないだの陽介の言葉。
――ああ、悪ぃ。俺、女できたからケジメつけたの。だから番号もアドレスも替えたんだ。
やっぱり一番ひっかかったのは、これなんだ。
あたしは陽介のセフレ故に、日陰者っていう自覚はあった。
基本、陽介はカノジョが出来るとあたしとは連絡を取らなくなる。
だから、カノジョに対して誠実でありたいという気概は元々持ち合わせているんだろう。
「今度はくるみの世話になんねえから」
「頑張ってね」
そんな会話をしながら、あたしは陽介を“送り出す”のがいつものパターン。
この時ばかりは、進学や就職なんかで子供を遠い場所に送り出す親になったような気分になるんだ。
ちょっぴり寂しいけど、あなたには帰ってくる所があるんだから、辛くなったらいつでも帰っておいで、みたいな。
でも、離れた所で頑張る子だって、疲れたり逃げ出したくなる時ってのが必ずくるのだ。
それが、陽介がカノジョと上手く行かなくなる頃。
そして、あたしに連絡が来ると、決まって彼はバツが悪そうに笑って「くるみ、やっぱ無理だった」と、あたしを抱く。
そして彼は「やっぱりくるみが一番だわ」なんてキスをしてくるのだ。
一般的には、陽介がズルい男であたしは単なる都合のいい女だと思われているかもしれない。
でも、陽介の言う、「くるみが一番」それだけであたしはここまでやってこれた。
だから、きっと今回もまたあのきまりが悪い笑顔を見せてくれるはず。
たとえ今、陽介がどんなに恵ちゃんを大切にしていたとしても。
「へえ、うまくいってるのね」
皮肉をたっぷり込めて、あたしは言う。
ううん、違う。うまくいってるんじゃない。
「ま、まあ……うまくいってる、と思うよ」
なぜかクスクス笑いが込み上げてくる。
違うのよ、恵ちゃん。うまくいってるように思えるのはね?
「陽介も頑張って恵ちゃんに合わせてるのね」
「え……?」
頬杖をついて意味深な笑みを浮かべたあたしは不安でいっぱいの恵ちゃんに諭すように言った。