その存在に祝福を-5
――同僚たちの口調から、どうやらマルセラに酷い扱いをしていたらしい。
駅前の大きなショッピングモールを、ジークは渋面で歩いていた。
広い建物は、外観こそ周囲の町並みに合わせて古めかしく見えるが、実は新しい建物だ。内部は近代的そのもので、吹き抜けの高い天井に、無数の蛍光灯がきらめき、休憩所には噴水も作られている。
玩具に洋服に菓子と、あらゆるテナントが入り、平日の夕方だが客も多い。
チェーンソー入りの黒いケースを背負い、凶悪な人相から殺気をほとばしらせた青年に、すれ違う他の客が脅えて道を開ける。退魔士の制服を着たままでなければ、とっくに警備員に囲まれていただろう。
(祝って欲しいなら、そう言えば良いじゃねーか。何も言わなかったってことは、マルセラだって誕生日なんか気にしちゃいねーんだろ)
そうは思っても、さすがにあそこまで言われると、ズキズキ心臓が痛む。
マルセラはよく祖母と菓子を作り、嬉しそうに持ってくるから、今日貰ったのも、特に何か意味があるとは思わなかった。
強いて言えばメッセージカードの有無と、いつもより丁寧にラッピングされているのに気づいたくらいだ。
(……いまいち納得できねーが、とにかく貰いっぱなしってのが、まずいんだろうな)
なんとか気を落つけ、立ち並ぶテナントを見渡す。
(―――――って、おい。何を渡せばいいんだ?)
たまにマルセラを連れて出かける事はあるし、甘い菓子が好きなのは知っている。
誕生日といえばケーキくらいしか浮かばなかったが、帰りがけに同僚の一人から、『三年分なんだから、ケーキ一個で済まそうとか考えるなよ』と、釘を刺されていた。
「ちっ、面倒くせぇ。なんか適当に……」
舌打ちし、適当な品物を探そうとしたが、見えない鎖で繋がれているように足が動かない。
無意識にマルセラへ酷い扱いをしていたのだとしたら、ヘタなものを贈って逆効果というのも、ありえるではないか。
冷や汗がたらたら流れる。
(いやいや……考えすぎだろ……くそっ)
途方に暮れるジークの傍らで、数人の少女たちがはしゃいでいる。少女の一人が着ている深緑のワンピースを、友人が褒めた。
「あーっ! その服、かわい〜い!」
「えへへ〜、彼氏からの誕生日プレゼントなんだ」
頬を染めて照れる少女を、友人たちが肘で突っつく。
「いいなー。あたしも来月だから、おねだりしよっかな」
「っ!! それだ!!!」
思わずあげた声と鋭い眼光に、少女たちが悲鳴をあげて逃げ去るが、構っている暇はない。
フロアマップを手にとり、『女児服』と記載された店に向う。
(これでもう、誕生日ごときに煩わされねぇぞ!!)
女の服を買うなど初めてだが、マルセラがよく着ているような服をさくっと選び、店員に誕生日プレゼントだと告げれば、梱包もしてくれるだろう。簡単だ。
勢い込んで店に駆けこむ……寸前に、足を止めた。
可愛らしいデザインの女児服が溢れる店からは、見るからにふんわりとしたオーラが漂っている。
パステルカラーの壁と棚には、フリルとレースいっぱいの服がかけられ、小さなマネキンが愛くるしいポーズをとっていた。
ただよう甘い空気の中、上品そうな母親同士が談笑し、別の場所では、母親がワンピースを娘の身体に当てて吟味している。
――どう控えめに見ても、場違いにも程がある。
店の前で硬直しているジークを見て、女性店員が思いっきり不審そうな顔をする。
急いできびすを返し、テナント近くにあった休憩所に逃げ込んだ。
(む……無理だ!! 絶対無理だ!!)
あの空間に一人で行き、悠長に衣服を選んで購入するくらいなら、ドラゴン十頭と戦ったほうがまだマシだ。
誕生日プレゼント初心者に、どうやら服はレベルが高すぎるようだ。かといって、他の品物も思いつかない。
誰か知り合いの女に買い物を頼むという手もあるが、ジークの携帯に登録されている女といえば、マルセラとその祖母に、隊長の妻くらいだ。
ギリギリと歯噛みし、やり場のない怒りに身を震わせる。
(だいたい、たかが産まれた日が、そんなにめでたいか!? そんなことでグダグダ言うのは、エルフくらいじゃ……)
内心で毒づいた時、ふと一つの名前が頭をよぎった。
――いた。
念のためにと携帯に番号を登録してある女が、もう一人だけ。
携帯をポケットから取り出し、選び出した番号を眺めて、しばらく躊躇う。
「チッ……」
これもマルセラの為だと自分に言い聞かせ、ジークはボタンを押した。