その存在に祝福を-4
夕方、第五部隊は聖剣署の詰め所へ戻った。
下水で酷く汚れた身体にシャワーを浴び、武器の洗浄を終えて制服を着替えると、ようやく一息つける。
退魔士部隊の詰め所は簡素である。壁際に各自のロッカーと武器を置く棚が設置され、スチール机がいくつかと、長椅子の類があるくらいだ。
だが、ジークが細身に見えるほど、基本的に筋肉隆々の男ばかりなので、全員が入ると非常にむさくるしい。
ジークが自分のロッカーから取り出したクッキーを食べていると、部隊の一人が覗き込んだ。
「なんだ。お前が甘い菓子食ってるなんて、珍し……」
可愛いクッキングペーパーとリボンで包まれていたハート型の手作りクッキーに、同僚が目を見張る。
「こらぁ! 私服で歩くだけで通報されるお前が、誰から手作りクッキーなんてもらえるんだよ!!」
署の女性事務員たちに万年フラレ続けている同僚は、添えられていた『誕生日おめでとう』カードを取り上げ、涙目で怒鳴った。
「うっせぇな。マルセラだよ。俺の誕生日だって、今年も寄越されたんだ」
ジークは顔をしかめてカードをとりかえす。
「……あー、なるほど。お前の可愛い嫁か」
同僚はニヤリと笑い、今度はジークが顔色を変える。
先月の温泉旅行で、マルセラは隊員たちに非常に可愛がられ、部隊で一躍有名になっていた。困ったのは、『ジークの嫁』として認定されていることだ。
「違うっつってんだろ!! 『まだ』嫁じゃねぇ!!」
頭に血が昇ったジークは、自分の失言に気づかない。
怒声は廊下にまで届き、第五部隊の面々どころか噂を聞いていた他の署員まで、一様に顔を引きつらせて必死で笑いを堪えている。
「まぁまぁ、良かったじゃねーか。こんなに心の篭った誕生日プレゼントを貰えるなんてよ」
さりげなくクッキーを摘もうとした同僚の手をはたき、ついでに長年の疑問が口をついて出た。
「なんだって知り合いの誕生日まで、そんなにめでたがるんだ? たかが産まれた日ぐらい、どうでもいいだろ」
マルセラが非常に嬉しそうな顔で『誕生日おめでとう』とクッキーを寄越すのが不思議だったが、問いただすのも水を差すようで、聞けなかったのだ。
同僚はギョッとしたように目を見開く。
「おい……念のために聞くが、いくら何でも、マルセラちゃんの誕生日は祝ってやるよな?」
「あ? そもそもアイツの誕生日を知らねぇよ」
マルセラに煩く聞かれたから教えたが、ジークは別に聞こうとは思わなかった。
正直に答えた途端、周囲から異様なざわめきが立ち上った。
ザワザワ……ザワザワ……
非難いっぱいの視線が、そこかしこから突き刺さる。
「自分は貰うだけ貰って、相手には聞いてもやらねぇとか……ありえねーだろ」
「三年もスルーしたってことかよ。マルセラちゃん、よくこんな鬼畜に耐えるよな」
「近いうちにフラれるぞ。いや、むしろフラれちまえ」
囁かれる不穏なセリフの数々は、他人の非難など露ほども気にしないジークでさえ、さすがに居心地悪く感じるほどだ。
「おい!? なんだよ!?」
冷や汗をかくジークに、隊員たちが殴りかからんばかりにつめよった。
「すぐに今までの分のプレゼントを買って、今日中に渡せ!!!」
「そうだ!! ちゃんと誕生日も聞いて、次こそ必ず当日に祝うと謝れ!!!」
「しかもこのクッキー、めちゃ旨いじゃねーか!!!」
「はぁ!? ……って、こら! なに勝手に食ってやがる!!!」
目を吊り上げて怒鳴るジークの肩を、背後から隊長の大きな手が掴んだ。
「皆の言う通りだ。今日はもう早引きしていい」
そして隊長は、スゥっと肺に深く息を吸い込む。
「未来の嫁に非礼を詫びるまで帰ってくるな!! バカモーーーンっっっ!!!!!」
ジークが熊のような拳に吹き飛ばされるのと同時に、壁から『命を大事に』の標語がガタンと落ちた。