その存在に祝福を-2
ひげ熊が家まで送るとついて来たのは余計なお世話で、母親へ子育てについて説教したのは、もっと余計なお世話だと思った。
それについてだけは、母親も珍しく、ジークと同じ意見を持ったらしい。
玄関で腕組みしたまま、べっとりルージュを塗った唇を歪めた。
『ハッ、うっかり孕んで堕ろしそこねたから、しかたなく産んだだけよ。あたしに子育てなんか無理って、見りゃわかるだろうに、無責任に種を落としてった男は、悪くないの?』
もともとジークを邪魔者扱いしていた彼女だが、留守中に情夫を半殺しにされて以来、目もあわせなくなった。
薄い緑色の目が、本当に久しぶりに、チラリとジークを見た。
『こんな魔獣みたいなガキだと知ってたら、どんな手使っても堕ろしてたわ』
母親は吐き捨て、娼館へ仕事に行った。
『……子どもを産めば、誰でも自動的に親になれるわけではない、か』
ひげ熊は憤慨した顔で空を仰ぎ、低く呟いた後、不意にジークへ視線を向けた。
『しばらくうちに来るか?』
『は?』
『俺の妻は子を産めないが、事情のある家庭から三人を引き取り育てている。うぬぼれに聞えるかもしれんがな、子どもたちの血を分けた親よりも、アイツは母親らしいはずだ』
予想もしなかった誘いに、少しだけ心が揺らいだ。
すれ違う親子連れを見ても、くだらねぇと思うだけで、欲しいとは思わなかったけれど、もし手に入ったら……。
『……さっさと帰れよ。次こそ負けねぇからな』
結局、薄汚れたアパートに駆け込んで、ドアを閉めた。
普通の家庭に行った所で、良い子になどなれない。
もう自分には、闘いのない生活など耐えられないことが、よく解っていた。
ぬるくても、物足りなくても、何かと闘わなければ、全身にたぎる血のうずきに狂いそうだ。
所詮は魔獣同然の性格に生まれついてしまったのだ。
この掃き溜めみたいな場所で、死ぬまでケンカし続けるほうが、よっぽど自分らしくいられるだろう。
その後、母親が悔い改めるはずもなく、ジークも別に変わるでもなく、また何度もケンカをして、その度にひげ熊が現れ捕獲された。
しまいに呆れたらしいひげ熊に『そんなに暴れたきゃ退魔士になれ』と、言われたのは、最初に捕まった日からちょうど二年後。十三歳になった日だ。
腹が立ったしアホらしいと思ったが、最終的に退魔士の養成所へ行くと決めたのは、ひげ熊おっさんが、やたらに強かったからだ。
ぶん殴られて掴まるたびに、コイツ人間じゃねぇ、と思った。
そしてひげ熊おっさんは、ジークがちゃんと訓練を受け、まともな生活を送ってしっかりした身体を作れば、もっと強くなれると言うのだ。
それは悪くないと思ったし、なにより初めて自分を認められた気がした。
(……退魔士、か)
ひげ熊おっさんが身元引受人となり、そのまま退魔士養成所の寮に入った。
母親とはそれきり会わず、一年くらい経ってから、死んだと知らせを受けたが、特に感慨はなかった。
あの女がジークを追い出さなかったのは、愛情なんかじゃないと知っている。
いくら虚勢を張っていても、情夫を半殺しにした魔獣のような息子が、本当は怖かったのだろう。あれから罵られることはあっても、手を上げられることはなかった。
出て行くことを告げた時、深い安堵のため息を背後で聞いた。
ーー笑えてくる。
数え切れないほど息子を殴り罵り、消えない火傷まで刻んでも、一度も殴り返されなかったのに、最後まで気づかなかったのだ。