ラインダースの系譜-5
「うわっ、風が……」
唐突に視界を覆った白銀の中で、ルーディの声がやけに遠くなった。
――途切れてしまう。
不意にそんな言葉が頭を過ぎった。
この不思議な奇跡の時間が、終りに近づく気配を感じた。
四つの足は氷ついてしまったように、ピクリとも動かない。
「――ルーディ!!」
遠くなる気配に、夢中で叫んだ。
人間の街で錬金術を学び、人間の王と親友になり、人間の娘をつがいにした……変わり者の人狼と呼ばれた、ラインダース家の始祖へ。
彼の未来を知っていたから、どうしても伝えたかった。
「これから、どんなに辛いことがあっても……っ!! 悲惨な結果に見えたとしても!! あなたの努力は、決して無駄じゃない!!!」
胸からどうしようもなく切ない感情がこみ上げ、鼻の奥がツンと痛くなる。
ルーディは数年後、一族の病を救う薬を作るべく、人間の街で錬金術師の弟子となるはずだ。
一族から離れ、人間の街で正体を隠しながら生きるのは、とても苦しかっただろう。
そして何年もかけて、血の滲むような努力の結果、彼は薬を完成させ……敬愛する兄のヴァリオから、人間と手を結んだ裏切り者として、一族を追放されるのだ。
「え!? なに!? よく聞えないんだ!!」
ルーディが怒鳴る声も、ほとんど聞き取れないほど遠く、小さくなっていく。
彼がどれほど人狼という種に誇りを持ち、愛していたか、ようやく本当に理解できた気がした。
命惜しさに人狼の誇りを失い人間に媚びへつらったと、汚辱にまみれた裏切り者の烙印を押される可能性を、彼は師から最初に聞いていた。
それでも彼は、薬を作ったのだ。
結局、一族を救う事はできなくとも、薬は彼自身を救い、そしてわずかながら人狼の血は今日まで残った。
「ラインダースの子孫は、あなたが諦めずに生きた証だ!!」
真っ白な世界で、ルーディの声も姿も完全に消えていた。
一分も立たずに嘘のように視界が晴れ、誰もいない静かな雪景色が目の前に広がる。
星明りが氷の実を輝かせ、静まり返った夜の森に、ギルベルトは一頭でたちつくしていた。
ジャンプして氷の実を枝から降り落とし、慎重に咥えてバックパックへとしまう。
来た道を急いで駆け戻り、ようやく祖父の山荘が見えた時にはホっとした。
丸太造りのポーチに飛び乗り、前足で扉を叩くと、エメリナが窓からギルベルトを見て、すぐに扉をあけてくれた。
身体を一振りして毛皮から氷と雪を払い落とし、暖かな室内に入る。
「先生、お帰りなさい!」
膝をついて両手を広げたエメリナに、そのまま飛びつきたくなったが、我慢して頬を一舐めするだけにしておいた。
彼女の後ろで、祖父がニヤニヤと眺めていたからだ。
「おお、早かったな」
祖父は少し皺が深くなっていたが、まだまだ現役錬金術師でかくしゃくとしている。今日初めて会い、実年齢を聞いたエメリナは、ひっくり返りそうなほど驚いていた。
(……夢でも見てたような気分だな)
奥の部屋で人型に戻り服を着て、まだ少しぼんやりした頭で、窓の外をしばらく眺めた。
それから居間に戻ると、なにやら聞き覚えのある賑やかな音楽が流れている。
テレビの前に置かれたソファーに、エメリナと祖父が並んで座り、猛烈な気迫で古いゲーム器を操作していた。
テレビ画面には、カラフルなぷよぷよした目玉つきゼリーたちが映っている。
ギルベルトはやったことがないが、確か二十年ほど昔に流行ったゲームだった。
「よぉし! 十連鎖ですよ!」
どうやらゼリーは、四つ並ぶと消えるらしい。エメリナが起爆の一つを落とすと、次々に連鎖を起こして消えていく。
「甘い!!」
しかし画面のもう半分では、祖父がさらに上手の連鎖を起こしていた。
「あああ!! 全部相殺され……うわぁぁっ!?」
画面でエメリナの側が透明なゼリーに埋もれ、二頭身のキャラクターが目を回して倒る。
「くぅっ! あと少しだったのに……も、もう一回お願いします……」
「くくくっ、何回でも負かしてやるわ!」
「……あの〜、二人して、なにやってるんだ?」
声をかけると、二人はやっとギルベルトに気づいたらしい。