ラインダースの系譜-4
「列車を知らないのか?」
「知らない。それにラインダースって、家名か? 人狼のくせに、人間みたいだな」
ちょっと小バカにするような口調だった。
そういえば、はるか昔の純粋な人狼たちは、家名というものを持たなかったそうだと、古文書の資料を思い出す。
どうもこの少年は、完全に昔の時代の生活様式で生きているようだ。ギルベルトは内心で頷き、話をあわせた。
「ああ。正体を隠して、人間の中で暮らしているから」
「へぇ……人間の中で暮らすなんて、窮屈そうだな」
少年狼は、夜空の細い月をみあげた。
「とにかく今日は月が細くて良かった。昔の人狼たちは、部族同士で満月夜の決闘祭をやってたんだろ? 満月なら、俺たちも戦ってただろうな」
「そうだな」
ギルベルトが頷くと、少年狼は悲しそうな顔をした。
「俺も人狼だから、決闘祭には憧れるよ。でも、発作は酷くなるばっかりだし、人狼はこんなに少なくなったんだ。少しは我慢しなきゃ、本当に絶滅しちまうもんな……」
「……発作?」
奇妙な発言ばかりする少年狼は、ギルベルトの怪訝そうな顔を眺め、不意に懐っこい笑みを浮べた。
「なんか、ギルベルトとは初対面って感じがしないや。俺と毛並みや顔が似てるからかな?」
「ああ……確かに君は、俺の子どもの頃に似てる」
「あ、そうそう、俺の名前がまだだっけ。ルーディって言うんだ」
告げられた名に、ドキリと心臓が高鳴った。それほど珍しい名前ではない。だが……
「ルーディ……」
不意に、突拍子もない考えが浮かぶ。声が震えそうになるのを押さえ、慎重に尋ねた。
「今のフロッケンベルク国王の名を、知っているか?」
「ん? 確かヴェルナーってヤツだろ。十四で即位した、まだ若い王だよな」
数百年も昔の国王の名を、きっぱりとルーディは答えた。
「もしかして君は、五人兄弟の末っ子で、長兄はヴァリオという名の黒い人狼か?」
「なんで知ってんだ?」
琥珀色の両眼を大きく見開き、ルーディが……ギルベルトの祖先であるはずの人狼が尋ねる。
(まさか、こんなことが……)
昔から変わらぬ雪景色の中で、自分とルーディのどちらが時代を飛び越えてしまったのか、判別できない。
「ルーディ!」
突然、森の奥からルーディを呼ぶ人狼の吼え声がした。
「あ、ヴァリオ兄さん!」
「知らない匂いがするが、誰と話している?」
「あのさ! 滅んだ人狼部族の生き残りが……」
急いでルーディはギルベルトに向き直り、早口で告げた。
「ヴァリオ兄さんで良かった。優しいし頭もいいから、他部族の人狼だからって、殺そうとしないはずだよ。俺の自慢の兄さんだ」
「……いずれは、族長の座を決めるため、ヴァリオと殺し合いをするのに?」
掠れた声で尋ねるギルベルトに、ルーディはまた驚いた顔を向けた。
「俺たちが族長の息子なのも知ってるんだな。うん……もし父さんが死んだら、慣わし通り、俺は兄さん達と戦う。ヴァリオ兄さんは一番の強敵だな」
そしてルーディは嬉しそうに目を細める。
「でも、俺だって全力で戦う。死力を尽くした決闘なら、どんな結果でも悔いはないよ。それが人狼だろう?」
「そう……だな……」
それ以上、何も言えなくなってしまった。
ジークとの死闘を思い出す。
人狼というものは、まったく……こんな刹那的な生き方しかできない好戦な種族など、滅びてしまうはずだ。
「俺は人狼に産まれたことを、誇りに思うよ」
満面の笑みでルーディが言った途端、突然に強い風が吹いた。
雪原の表面に積もっていた雪が舞い散り、視界をぼやけさせる。