ラインダースの系譜-2
祖父は昔、ひどい爆発事故に巻き込まれたそうだ。顔や身体の火傷は、その時のもので、命は助かったが、右手首から先は完全に消し飛んだ。
そして苦心の末に、生身の手とほぼ変わらない機能をもつ義手をつくりあげたのだ。
当時は不可能といわれていたことを覆した、革新的な技術だったそうだ。
「努力を全て否定などせんよ。確かに難しかったが、これは理論で可能だったから、俺は作る価値があると思った」
祖父は左手で右手首の結合部を探り、留め金を外す。ガチリと金属音が響き、顔をしかめて歯を喰いしばるのが見えた。
この手は繊細な動きや感覚の感知を可能にする代わり、着脱時には激痛を伴うのだ。
もっとも防水加工もきちんとされているため、海水や強い温泉に浸かったりしなければ、普段は特に取り外さなくても、入浴などには困らず生活できる。
外した義手を傍らの棚へ置き、祖父は生身の左手でギルベルトの頭を撫でる。
「だが、俺がいくらあがいても、消し炭になった本物の手を再生することは出来ない。これが可能と不可能の差だ」
電気を拒否するギルベルトは、あの機械の手をつけたまま祖父に触れられると、右手でなくとも頭の中に耳障りなノイズが響く。
ギルベルトの電気を拒否する体質に、最初に気づいたのは祖父だった。ギルベルトが赤ん坊の頃、祖父が触れるたびに激しく泣いたからだ。
「お前は電気が使えないが、それを補って余るほど優秀だ。むやみに苦しむ必要もないだろう」
「……そうかなぁ」
「努力するのは結構だが、方向を間違えるな。重要なのは、人生の最後に幸せな結果を出せるかどうかだ」
黙って俯いていると、片手首のない両腕で抱き締められた。
静かな声が頭上から降りおちる。
「ギルベルト……人間でも人狼でも関係ない。確かなのは、お前が俺の孫であることだ」
「―――――――うん」
目端に滲んでいただけだった涙が、頬を伝い落ちた。
『電気を使えれば、便利だしみんなとゲームで遊べて楽しそうだ』
いつもそんな調子で、軽く言っていたけれど、本当は不安でいっぱいだった。
母さんも兄さんも満月の夜なら変身できるし、従兄弟のヘルムートなんか少しでも月が出ていれば変身できる。
でも、ギルベルトのような強い変身衝動は無いし、電気製品を使いこなして、まったく普通の『人間』として暮らしている。
自分だけが異質のような気分だった。伝説の魔獣となっている純粋な人狼なんかじゃなく、大好きな家族と同じ人間だと思いたかった。
「ギルはたしか、昔話が好きだったな」
不意に祖父が身体を離し、まったく関係ない話を始めた。
「え? 好きだけど……」
現実的な思考の祖父だが、誇大な表現が多い童話や昔話には、けっこう寛容だった。
曰く『息抜きにはちょうど良いし、たまに本当のことも書いてある』そうだ。
大陸各地に伝わる金トカゲの伝説や、昔からある民話を、よく寝る前に読んでもらったものだ。
「興味があったら、そのうち我が家の先祖を調べてみるといい。氷炎の魔女シャルロッティやその両親など、なかなか面白いぞ。バーグレイカンパニーの専用書庫や、各地の親戚の家に、古い資料書物があるはずだ」
祖父は快活に笑う。
「えっと、面白そうだけど……」
どうして急に祖父がそんなことを言い出したのかよく解らず、ギルベルトは首をかしげた。
「それからな、ラインダース家の始祖たる、人狼ルーディの記録も残っている」
「ルーディの……?」
祖先であるその人狼の名前は、聞いたことがあった。
「ああ。人間の街で錬金術を学び、人間の王と親友になり、人間の娘をつがいにした、変わり者の人狼だったそうだ」
祖父がアイスブルーの瞳を細め、ギルベルトの琥珀色をした瞳を覗き込む。
「不安になるのは、知らないからだ。人狼のことをもっと学べ。賢いお前なら、その身体をきっと制御できる」