滲む瞬間(とき)-1
(1)
ドアを開け、友紀が振り返った。明るい笑顔である。
「ありがとうございました」
こけしのような愛らしい瞳。小さな口から前歯が覗いて嬉しそうに頭を下げた。
「また来週、おいで」
「はい」
微笑んで小首をかしげた。
椎名一樹は閉まったドアを見つめながら遠ざかっていく友紀の足音を聴いていた。小走りに帰っていく。
(もう大丈夫だ……)
あの子の信頼は勝ち得た。体に仄かな火照りが生じていた。あとは導くだけだ。……
椎名はマンションの一室で学習塾を経営している。小中学生限定で少人数制で指導しているが、進学塾ではない。学校の授業に沿って予習復習を中心とした教育方針である。だから中学受験の子はいないし、高校も進学校を目指す親はいないので気楽であった。
三十五歳、独身。五年前まで小学校の教師をしていた。その肩書もあり、また教え方が丁寧で、子供たちの成績もそこそこ上がっていくので評判もよかった。
彼の唯一の愉しみは『女』であった。自認している。他に趣味はない。女を想い、性の世界の底知れない泥濘に埋もれている時が至幸至福なのである。
性癖はオーソドックスといっていいが、性欲は並はずれて強い。というより、常に発情した感覚が体に漲っていた。
性的嗜好に偏りはなく、そそられる相手は美醜、体形、年齢にこだわらなかった。『女』の魅力は奥深く、際限がない。感じるところも、反応も個人差があり、突き詰めれば育った環境によっても違ってくるものではないかと思っていた。一人一人顔がちがうように、性器の形状や色合いも同じものはない。だから自分の好みで相手を限定してしまうなんてもったいないと思う。それぞれが新鮮なのだ。
これまで関係した相手も様々で幅広い。最年少は14歳の中学生で夜の街をうろついているところを声をかけたもので、処女であった。最高齢は赴任先の女性校長。五十九歳である。他にも各年代、一通りの経験がある。高校生、女子大生、OL,同僚、人妻など、その遍歴は実に多彩であった。
特に女性好みの風貌でもない。一見ごく平凡な男である。それなのになぜ多くの女が身を任せるのか。強いて利点を挙げるとすれば柔和な笑顔であろうか。ニッコリ笑うと微塵の邪心も感じられない爽やかさを醸し出す。彼自身、その自覚はないが、結果的にそれが女心の警戒の扉を開かせる『武器』となったようだ。
とにかくやさしく、心をこめて想いを囁く。急がず、迫らず、微笑みを向ける。口説きの方法はそれだけだった。失敗も多々あるが、めげず、懲りず求めるのである。
チャンスがあれば相手を選ばないが、幼児への興味はない。あくまでもセックスを前提とした『女』でなければ対象とはならない。
還暦間近の校長を抱いて、むしゃぶりついてくる凄まじい女のあくなき性を知った。何度も男根を引き締めたはずの秘肉は吸盤のごとく一物に吸いついて蜜液を溢れさせた。まだまだ年齢の上限を広げてもいいことがわかった。
ならば、と思い浮かんだのは『初蜜』である。
(何歳から可能か……)
年齢を遡って目安を知りたくなった。むろん強姦ではない。男を迎える反応があった上でのセックスである。
少女の体の中に、ある時大人の泉が生まれる。それは小さな泉。一滴一滴秘かに潤っていた乙女の源流が刺激によって洩れてくる。。つまり、快感を覚え、体が『女』として応じる『しるし』が見たい。そんな欲望が胸を浸すようになってきたのである。
教師を辞めたのは管理体制に嫌気がさしたからだが、『初蜜』への好奇心が根底にあったことも事実である。学校では自由が利かない。……これぞと思う少女と出会っても個人的に接触できなければどうにもならない。自営の塾ならその点はなんとでもなる。
だが、容易ではない。それはわかっていた。なにしろ『しるし』を見るのである。盗撮では意味がない。少女が反応して大人の露を滲ませるその瞬間が見たいのである。じっくり見つめなければならない。さらには自らの手で『感じさせる』ことが極限の昂奮となるのである。
対象となる少女も彼の中で条件がある。年齢でひとくくりにはできない。以前抱いた中学生は処女ではあったが大人として通用する肉体であった。
幼児体形から大人への過渡期、柔らかな肉が付き始め、蕾がほころぶ直前がいい。女の潤いの源流が見たいのである。子供から女の片鱗を悶えながら覗かせる脱皮が見たいのだった。
五年待って理想の少女が見つかった。倉沢友紀である。十一歳、五年生。三か月前に入塾した子だ。
(これは、いい……)
一目見て心が惹かれた。身体全体の成長具合、素直な眼差し、はにかむようなちょっと気弱な微笑み、その時の目元が妙に色気がある。椎名が想い描き、求めてきたイメージにぴったりであった。
体つきは成長しすぎても未成熟でもいけないのは言うまでもないが、性格も重要である。おとなしいほうがいい。純真無垢で自らの大人の兆しに気づいていない純粋な少女が大きな感動を呼び起こすにちがいない。好奇心旺盛で大人の扉を覗き見ようとする子は、たとえ肉体的条件を満たしていても避けたほうがいい。この計画は危険が伴うのだ。相手が児童というだけでなく塾の教師と生徒の関係である。行きずりの少女ではないのだ。事が発覚すれば自分の人生はほとんど壊滅的になるだろう。だが昂ぶる欲望は抑えられない。椎名は慎重の上にも慎重を期して友紀に接していった。