家族-4
状況が理解出来ない。少し離れた場所で取り押さえられる喜多と、やはり胸から血を流している高田が見えた。いや、吹き出しているという表現が正しいだろう。おぞましい光景だった。
「上原さん!すぐに応急処置を!」
駆けつけた警察官が正芳を介抱する。その時初めて気付いた静香。正芳が撃たれたと言う事を。
「う、上原さん…?」
顔から血の気が引いていく師匠に静香の心臓が締め付けられる。
「わ、悪かったな…。おまえに銃を撃たせてしまって…」
今にも消えそうな小さなかすれ声に静香の涙は溢れる。
「ヤダ…、ヤダ…、上原さん…、上原さん!!」
自分をかばって被弾した現状を理解した静香は更に体が震えた。
「ど、どうして私なんかを…」
言葉が詰まって出てこない。正芳は苦痛を押し殺し微笑みを浮かべる。
「俺みたいな年寄りより、おまえみたいな未来ある人間は大事にしないとなぁ…。」
「私なんか…。私なんか撃たれても…」
「俺が悲しむだろ?親御さんが悲しむだろ?俺は悲しむのなんて辛すぎる。悲しまずに済んで安心してるさ。」
「上原さん、喋らないで下さい…!」
正芳に応急処置している捜査官が怒鳴る。
「救急車はまだか!?急げ!」
2人の人間の生命の危機に現場は騒然としている。しかし静香と正芳の間にはそんな騒音も遠くに聞こえた。
「なぁ皆川…、俺は何の期待も出来ない奴に全てを教えようとする程暇ではないんだ。俺はおまえの正義感が大好きだ。その正義感は他の警官に決して負けてはいない。男には持ち得ない優しさ…、それにその正義感…、今の警察が忘れかけている物を持っていると思っているんだ。これからはおまえみたいな人間が必要なんだ。俺はおまえが男どもを引っさげて警察を引っ張っていく姿を夢見ていたんだ。カッコいいだろ?カッコいいなぁ、そういう女…フフフ…」
「喋らないで…上原さん…」
正芳の手を握る静香。
「いいか、警察が銃を撃つ時は憎しみを持ってではない。愛情を持って銃を持つんだ。相手の未来を救う為に銃を握るんだ…。そういう思いで俺はおまえにその銃を与えたんだ。忘れるな…?」
「分かってます…分かってますから…。」
「そうか…。本当の娘のように思ってた…。皆川…、おまえは俺の希望だ…。」
「まだ…まだ教えて貰う事がいっぱいあるんですから…上原さん!!」
「ハァハァ…、おまえに出会えて良かったよ…。皆川…、妻と…子供達に…愛してると…言ってくれるか…?」
「元気になってご自分で言って下さい!!」
「ハァハァ…ケチだなぁ、おまえは…。皆川…そのLADY GUNで世の中変えてみろ…。」
「上原さん!!」
「皆川…、悪いな…。早く1人前にしてやりた…かっ…た…」
正芳の体からガクッと力が抜けた。
「上原さん!!上原さん!!嫌ぁぁぁぁっっ!!」
静香の悲痛な叫びが暗い闇を切り裂くように天高く響き渡った。
「おい!救急車はまだか!!まだか!!」
緊迫した現場。時の流れがまるでスローモーションに見えた。静香は上原の名前を叫びながら冷たくなる手を必死で握り泣き叫んでいた。
上原正芳殉職…。