狐の祠-1
「なにが『上がればすぐだ』だ。あのじいさん嘘ばっかり言いやがって」修平が額からとめどなく汗をぼたぼた落としながら言った。「かれこれ30分だぞ、下から」
「まだ見えてこない?」健太郎もはあはあ言いながら春菜に顔を向けた。
「それらしいものは……」
「ほとんど山道だね」夏輝が健太郎の背中のリュックを持ち上げてやりながら言った。「ほんとにあるのかな、キャンプ場なんて……」
「いっそ、あの駐車場にテント張れば良かったな」健太郎はぜいぜい言っている。
「いやいやケンタ、これがキャンプの醍醐味ってもんだぜ」修平の足取りは比較的軽い。
「修平、さすがにタフだな……」
それから四人はうっそうとした森に入っていった。道の脇の所々に『キャンプ場すぐ』と書かれた、墓地にある卒塔婆(そとば)のような看板が立っていた。
「いつまでたっても『キャンプ場すぐ』じゃないか。まったく……」健太郎がうんざりしたように言った。
いつしか四人の口数は極端に減っていた。ただはあはあという荒い息づかいだけが、あちこちでけたたましく鳴き交わすミンミンゼミの声と共に聞こえるだけだった。
突然視界が開けた。四人は思わず立ち止まった。
「おお!」修平がまず声を上げた。「見ろよ、みんな、海だ、海が見える!」
残る三人も腰を伸ばして振り向いた。
遙かに広がる海は、少し西に傾いた陽に輝いていた。遠くの島がうっすらとライトブルーに煙っている。
「すばらしい景色だねー」春菜がうっとりした声を上げた。
「ってか、俺たちこんなに登ってきたってことなんだな……」
「やっと着いたみたいだな。良かった……、俺もう一歩も歩けないよ」健太郎がそこに座り込んだ。
「なんだ、ケンタ。だらしねえやつだな」
夏輝が健太郎のリュックに手を掛けて言った。「無理もないよ。この荷物の重さ、半端ないもの」
「大丈夫? ケン」春菜がバッグからペットボトルを取り出して健太郎に渡した。
森の一部が開けている場所だった。平坦な場所がいくつか作られていた。それはテントを張るためのサイトだった。
古い学校の手洗い場のような蛇口が3つ取り付けられた流し場、そしてそこからいくらも離れていない場所に小さいが清潔に管理されたトイレがあった。その横に屋根だけの小屋があり、薪と煉瓦、コンクリートブロックが積み上げられている。
修平がリュックを下ろしながら呟いた。「いいね。何にもねえキャンプ場。理想的じゃねえか。野性の本能が目覚め始めたぞ」
健太郎が軽蔑したような目を修平に向けたが、修平はそれを無視して大きく伸びをした。