想いを言葉にかえられなくても《トロイメライ》-8
「うむ。ご苦労なり」
わしわしと撫でる。聖よりはダイナミック。外ハネのセミロングが揺れる。比べてしまう自分が……。
「へへっ！じゃあ…放課後ねっ」
少しブルー入ってしまう。自分を偽るのが癖になってしまったみたい。悟られない様に笑ってみせる。
「じゃ、放課後！」
「おぅ」
逃げる様に走って教室に戻ると、夏海と怜奈が待っていた。眉をしかめて少し困った顔。
「イチコ……もう止めなよ…。もっと正直になってみなよ」
夏海が頭を撫でてくれる。
「そう言うのは、好きとは言わないのよ？」
怜奈がハンカチを渡す。……あ、あたしちょっぴり泣いてたみたい。
二人の優しさが温かい。
「…ありがと」
だけど、キョースケが悪いわけじゃない。あたしが……。
やめたい…？
そんなの出来ないよ…。今更…聖を想い続けるのは…虫がよ過ぎる。
………………
聖が行ってしまったのは『約束』をした、すぐ後だった。
元々、聖のお父さんは転勤の多い人で、丁度運良く重なったから芸能界入りを認めて貰えたらしい。お父さんもお母さんも現実主義な人だから、説得が大変だったと聖は言ってた。
聖のお兄さん二人は、大学や職場を続けたい為に地元に残った。家族で住んでいたアパートを出て、二人暮らしを始めた様だった。聖と聖の両親は、お父さんの会社に近い東京郊外に移り住んだ。
中学三年に上がる前にすべての支度を整え、聖は行ってしまった。学校には芸能界入りをするとは確言して無かったけど、クラスメイトの大半は暗黙の了解だった。
受験をしないで東京に出て行った聖への憧れと妬み。だから聖は何も言わずに行ってしまった。
最後の『約束』以後はあたしも聖とは逢えなかった。ううん…違う。聖はわざと避けてた。悲しいお別れをしない為に。
それから、あたしは後五年をどうするかで悩んでいた。『約束』だけを信じ、どう暇を潰そう…くらいにしか考えて無かった。自分の未来なんて聖の為だけに在るって……浅はかだった。
今思えば、そんなあたしになって欲しくないって、聖は一番考えていただろう。……あたしは自分で立つ事もままならない子どもだった。
そんな事にも気付かずに月日は流れ、あたしは橘高専に進学した。県内で一番東京方面に近いし、何て言ったって約束までの五年間を何も考えずに待てる。ただ、それだけの理由だった。
だけど、月日は自分の気持ちを解らなくさせてしまった。あんなに熱い気持ちで想っていたのに……愛しさよりも寂しさが上回ってしまったのだ。
聖が予感していた『絶え切れない淋しさ』は、あの日交わした『約束』から一年くらい後。つまり、橘高専に進学してすぐだった。
実家を出て橘高専に進学したあたしは、中学時代の女友達もいない孤立無援の状態。人見知りの激しいあたしはすぐに浮いた存在になった。
当時は聖を忘れられなくて、毎日ぼんやり過ごしてた。『約束』だけを焦がれて、待ち望んでいたあたしは、何もしないで受け身のまま、進歩も出来ず……地に足が着いて無かった。
だから『いつもボーッとしてる小学生みたいな女の子』クラスの陰でそんな風に呼ばれていた。わざと聞こえる様に。チラチラと見られて笑われる。毎日が苦しかった。