貞操の桜貝 ☆-1
2006年5月15日
月曜日、一週間の始まり。
満員電車の臭いに慣れはしないが、若干の耐性がついてきた。
合わせて入学直後より頻繁にあった微妙な痴漢行為は、何故か4月が終わるとパタリと無くなる。
駅の改札を抜け、500メートル程先にある高校まで徒歩で向かう。
何時ものありふれた風景が流れて行く。
早いもので恵利子が入学して一ヶ月以上経とうとしていた。
「磯崎さん、おはよう」
「あ、おはようございます」
正門付近で、まだ馴染めぬ級友と挨拶を交わす。
「おはよう」
「おはようございます」
教室に入ると再び級友たちと挨拶を交わす。
どことなくよそよそしく、恵利子は今だこの高校に馴染めずにいた。
(何かが違う、何かが納得出来ない)
当初希望していた進学校の受験に失敗し、滑り止めの私立高に通う事になり恵利子は気持ちの整理が出来ずにいた。
恵利子にとって高校受験失敗は人生初の躓きであった。
幼少期から恵利子は、常に周囲の期待を裏切らずに成長してきた。
裕福な家庭に育ち、高水準の学力に平均以上の運動能力、加えて天性の愛らしい容姿は同年代少年たちの注目の的であった。
典型的な“お姫様気質”故に、今回の高校受験失敗は恵利子のプライドを酷く傷付けた。
もちろん受験失敗は自分の責任である事は十分理解している。
学力不足であり、少々の不運に左右されたのであれば納得もいく。
しかし恵利子には、身内にすら声を大にして言えぬ不遇不満があったのだ。
「磯崎さんどうしたの? そんな怖い顔して?」
そんな理不尽且つ忌々しい記憶から、級友の声が恵利子を現実世界に呼び戻す。
「あっ、別に何でもないんです。 ちょっと、おなかが痛くて……」
よそよそしくも無難にやり過ごすと改めて周囲を見渡す。
(…… えっ? 何?)
教室に入り席に着いた恵利子は、鞄のサイドポケットに見覚えの無い茶封筒が差し込まれている事に気付く。
瞬間的に違和感を覚え、教室内で開封する事を躊躇い鞄の中にしまい込む。
同時に一時限目教師が教室に入ってくる。
よどみなく、“時”が流れていく。
帰宅し鞄を開けると、今朝の茶封筒の事を思い出す。
同時に教室で開封を躊躇わせた違和感が再び甦る。
机の上のペーパーナイフを使い開封すると、嫌な胸騒ぎは的中する事となる。
中には一枚の便せんと五枚の写真が同封されていた。
すぐに理解する事は出来なかったが、素っ気ない便せんに書かれた内容で同封された写真が自分の物である事を知る。
写真は制服スカート内を盗撮した物で、一週間分の見覚えのある下着が写っていた。
正確に言えば写真と言うには画像は荒く、印刷された物の様に感じられた。
しかし画像の荒さの理由は一緒に添えられていた便せんを読む事で理解出来た。
(通学電車内で知らぬ間に、スカートの中を盗撮されていた!?)
その“証拠”がこの写真らしい。
便せんには添えた写真はごく一部で、盗撮は動画でありそれを見ればスカート内を盗撮されているのが、恵利子である事が認識できると言う。
そして要求に応じなければ、この恥ずかしい動画をばら撒く趣旨の内容。
さらにその他にも盗撮動画がある事を伺わせる内容もあった。
育ちの良さが災いしてか?
過干渉な程に過保護に育てられた恵利子にとって、こんなパンチラ写真を撮られてしまった事さえ尋常な事ではなかった。
恵利子は困惑を通り越し混乱さえしていた。
高校入学間もない事もあり、まだ親しい友人もいない。
もっともそれは、自分自身の心の壁が招いた結果でもあった。
仮にいたとしても、その内容を相談する事を躊躇われる内容。
更に高校入学前の忌々しい記憶が恵利子の脳裏に甦る。
(この盗撮犯は、あの時の男では? 文面の最後にあったその他の盗撮とは、あの時の猥褻行為の事をさしているのでは?)
疑う心が更なる暗闇を呼び、眠れぬまま翌朝を迎える事となる。