オオカミさんの ほしいもの -1
コメディ、シリアスが半々くらいです。
*一部に育児放棄、虐待などのシーンがありますので、ご注意ください。
おきにいりの あかいぼうしをかぶって おばあちゃんのおうちに いくはずだった。
パパとママといっしょに ショッピングモールで おみやげのケーキをえらんだの。
それから おとなのワインと わたしのブドウジュースも。
『そろそろいきましょう』
ママがいったとき きゅうに でんきがきえて まっくらになった。
とおくでだれかが さけんで くさいにおいがして へんなおとが、たくさんきこえた。
パパがまほうのひかりをだして まわりが みえた。
ちだらけの くさった おばけで いっぱい
……たすけて
***
マルセラは幼い日、英雄に出会った。
惨劇から救ってくれた彼は、世間一般の『英雄』とは、およそかけ離れた人物だ。
精悍な顔立ちは、よく見ればかなり整っているのに、異様に目つきが悪いせいで、例外なく極悪人面のレッテルを貼られる。おまけに外見だけでなく、中身も本当に凶暴だ。
彼の少年時代を知る人によれば、信じられないほどマシになったらしいが、それでも退魔士の制服を着ていないと、まずカタギには見てもらえない。
一度など、私服の彼に動物園へ連れて行って貰ったら、いきなり警備員に囲まれて保護されかかった。その頃ちょうど事件になっていた、連続幼女誘拐犯と思われたらしい。
あんまりだと思うが、感じの悪かった警備員を猿山に投げ入れたりしたから、あの時は大騒動になった……と、つい遠い目になってしまう。
しかし彼は、乱暴でがさつで気が荒いけれど、マルセラに手をあげた事は一度もないし、いつだって優しくしてくれる。
ひどく不器用でぎこちないやり方だけれど、一生懸命に優しくしようと努めているのを知っている。
だからマルセラにとって、彼……ジークは、まぎれもない英雄なのだ。
いつしかジークへ憧れ以上の感情を抱いていることに気づき、やがてその想いの名を知った。
大好きな英雄に恋した女の子は成長し、やがて十七歳の少女になった。
***
窓からは朝日が差し込み、今日は絶好の秋晴れと告げている。
扉の前に立ち、マルセラは深呼吸をした。あどけなさの残る童顔を、大きな目が余計に幼くみせていた。身体つきも華奢で小柄だ。絹糸のような栗色の髪が、小さな渦をくるくる巻き、細い肩に落ちている。
白いブラウスに、膝上丈のジャンパースカート、スカートと共布でできた、赤いタータンチェックのリボンタイ。
魔法学校の女子制服はなかなか可愛く、黒いローブマントだけが時代錯誤めいている。
ドキドキしている胸を服の上から押さえた。
(今日こそ……)
気合満点で、勢いよく扉をあける。
「朝ごはんできたよーっ! あ・な・た♪」
途端に悲鳴と共に、鈍い音がした。
「……〜っ」
床に転げおちたジークが、後頭部をさする。
一緒に落ちた布団をひきはがすと、ズボンだけを身につけた引き締まった身体が見える。
退魔士という危険な職業にありながら、長身の身体には比較的傷が少なかった。目立つのは右上腕部の縫い傷と、胸にある獣につけられたような傷跡、それから、うなじの下にある十字架型の古い火傷くらいだ。
「大丈夫?」
ジークの傍らにしゃがみこんで尋ねた。
「大丈夫じゃねぇよ! 毎日毎日、朝っぱらから、俺の心臓を止めようとするな!」
寝起きの襲撃を喰らい、ただでさえ悪い目つきが、さらに凶暴になっている。マルセラ以外の女の子だったら、まず泣いて逃げ出すだろう。
その長身と迫力のせいか、少年時代からやたら年上に見られていたらしいが、単に早熟だったのだろうか。マルセラが出会った時から、彼はあまり変わらない。今ではむしろ、三十という実年齢より若く見えるくらいだ。
「だって、『おにいちゃん』も禁止でしょう?」
「ぐ……」
ジークが顔を真っ赤にし、言葉に詰まる。しかし、すぐに猛烈な勢いで反論した。
「普通に名前を呼べ! それに、自分で起きれるって言ってるだろ」
涙目で怒鳴るジークに、マルセラは頬膨らませた。
「エメリナおねえちゃんが言ってたよ。朝から好きなだけイチャつけるのは、新婚さんの特権なんだって」
「……あいつ等は何年たっても新婚継続中じゃねーか。とにかく他所は他所、うちはうち! だいたい寝室も別で、まだ手を出しちゃいねぇ!」
「……出して欲しい」
こうすると相手がキスしやすいと、本に書いてあったとおりに、目を瞑って少し顔を上にむけてみせた。
ジークが無言で立ち上がる気配がし、そのままふわっと身体がもちあがる。
「ひゃっ!?」
小脇に担がれ、廊下にぽいっと追い出された。
「エロガキ」
バタンと扉が閉められ、マルセラは肩をすくめた。『奇襲してチューくらいはしてもらう作戦』は、今朝も失敗だ。
「遅刻しちゃうから、先に食べてるね」
「ああ」
閉まった扉の向こうから、まだ少し不機嫌そうな声が帰ってくる。
溜め息を押し殺し、リビングへときびすを返した時だった。
「――マルセラ」
気まずそうな咳払いが届いた。
「そんな呼び方しなくても、お前が嫁だってくらい、ちゃんと覚えてる」
「……うん」
頬を緩ませ、マルセラは小躍りしながら朝食に向った。