オオカミさんの ほしいもの -2
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そもそもの発端は、マルセラの祖母が夏風をこじらせ、肺炎を患った事からだ。
祖母は元々、田舎でのんびり育った人だった。慣れない都会で、娘夫婦の残した孫を育てるのは、かなり大変だったはずだ。
医者は今までの疲れが出たのだと良い、王都から空気の良い田舎へと転地を進められた。
祖母の実家は田舎で大きな農場を営んでおり、現在は叔母夫婦が継いでいるが、快く戻るよう勧めてくれた。
マルセラも一緒にくれば良いと、叔母は言ってくれたが、学校の問題があった。
魔法学校に入れる者は非常に厳選され、学校自体の数も非常に少ない。
大国のイスパニラにさえも、王都にたった一つあるだけだ。
マルセラの父は魔法学校の教員であり、魔力は娘にも受け継がれていた。
田舎に住んでいた祖母が、残された孫と王都で暮らすことにしたのは、両親の遺志を汲んで魔法学校に通わせるためだ。
マルセラ自身も、できれば魔法大学に進み、父と同じ魔法教員になりたいと思っていた。
両親を亡くした惨劇の時、非常灯まで全て切られ暗闇と化したモールで、父があちこちに付けた魔法の灯りが、何人かの命を救ったと知ったからだ。
幸いにも成績は優秀だったから、奨学金が受けられそうだし、魔獣災害遺児の生活補助も出るから、卒業まで経済的にもなんとかなるはずだ。
しかし祖母は、マルセラを王都に一人で残すのを心配し、転地をしないと言い始めた。
療養が必要なのは明かなのに、妙な部分で頑固な祖母は、大丈夫だと言い張る。
ちょうど見舞いに来ていたジークは、黙って話を聞いていたが、急に顔をしかめ、一人でブツブツ呟きだした。
『……くそっ…………まだ早すぎ……せめて十八……いやしかし…………』
『ジークおにいちゃん?』
声をかけると、凄まじい勢いでジークは振り向き、噛み付きそうな声で怒鳴った。
『マルセラ、俺の嫁になって一緒に暮らせ! そうすりゃ悩む必要もねぇだろ!』
『……え?』
目を丸くして驚愕したマルセラと祖母を、ジークは更に険しく睨む。
もう慣れている二人は、彼が緊張しているだけだと解るが、凶暴そのものの目つきは、普通なら問答無用で防犯ブザーを押されるレベルだ。
『魔法学校ってヤツは、色々煩せーんだろ? 魔法国の慣習で、婚前交渉が厳禁だったか? 他人の男と一緒に暮らすのは、マズイだろうが。だからひとまず法的に、俺の嫁になれ』
唖然としたマルセラは、自分の耳が信じられなかった。
魔法学校には、男女交際禁止と古めかしい規則がある。
もっとも、昔はともかく今では、あまりに羽目を外さない限りは大目に見て貰えるのが現状だ。だが同棲ともなれば、流石に退学ものだろう。
そして確かに、厳しい規則に矛盾するような、妙な抜け道がある。
正式に結婚していれば、話は別なのだ。
魔法使いの名家では、この時代においても幼児期から婚約している者が多い。法で許される十六歳になると同時に結婚し、そのまま学生を続けることもあるからだ。
そういった魔法学校の事情を、ジークが知っているのも意外だったし、こんな提案をされるなど、思ってもいなかった。
『本気……?』
『こんな笑えねぇ冗談、言えるか!
学校はそのまま続けりゃいいし、魔法大学にも行け。お前はせっかく頭が良いんだ。学費くらい、俺だって稼いでる』
顔を真っ赤にし、ジークは唸るよう言う。