オオカミさんの ほしいもの -11
隣りで眠っていたジークが目を明け、不思議そうにマルセラを見る。
「どうした」
「え……? あれ? 私、猫じゃない……」
両手を見たが、どうみても普通の人間の手だ。薄暗い部屋で、時計はまだ深夜を指していた。
夢の中で数日間が過ぎていたはずなのに、ほんの二時間ほど眠っていただけのようだ。
「猫? 何言ってんだよ」
ジークが可笑しそうに言い、横たわったまま片手をのばす。マルセラのクセっ毛を一房つまみ、軽く指先で弄んだ。
「そういやガキの頃、ちょっとだけ猫と暮らしたことがあった」
「暮らす? 飼ってたんじゃなくて?」
「俺は飼ってねぇ。公園にいた野良猫が、勝手にくっついてきただけだ」
有り得ない不思議な予感に、心臓がドキドキした。
「その猫は、どうなったの?」
「逃げた。親が猫嫌いでな。酒瓶をぶつけられそうになって、それきりどこかにいっちまった。今頃どうしてるかな」
懐かしそうに目を細めるジークが、小さな男の子に見えた。
「……もしかしたら、素敵なお相手を見つけて、けっこう幸せに暮らしてるのかもしれないよ」
ポツリと呟くと、ジークは少し目を丸くし、それから愉快でたまらないように笑った。
「そうかもな。頭のいい奴だったし、洗ったら毛並みも綺麗だった」
普段よりずっと陽気そうな顔だったのに、見ていたら胸が締め付けられるような気がした。『俺と一緒にいるより、幸せかもしれない』と、言っているような気がした。
「今度は、ずっと一緒にいようね」
ジークの首に両手をまわして、しっかり抱きつく。密着した体温が心地良くて幸せだった。
猫がするように、舌先でペロリとジークの頬を舐めた。
「っ!?」
暗い部屋でも、みるみるうちにジークが赤面していくのが判った。
「……あれ?」
妙に熱くて硬い感触が腹に当たり、マルセラは首をかしげる。
「くそっ! せっかく我慢してたのに!!」
苛立った声と同時に、両肩を掴まれ、シーツに押し付けられていた。
「んんんっ!?」
唇を同じもので塞がれているのに気づくまで、少し時間がかかった。熱い舌で唇をこじあけられ、口腔を貪りつくすように舐めまわされる。
自然と大きく口が開き、吸い上げられた舌を甘く噛まれる。呆然とされるがまま、上顎や歯茎にも舌が這う。
ようやく開放された時には、すっかり息があがっていた。
「わたしとは、こういう事、したくないと思ってた……」
痺れる舌で呟くと、同じように息を荒げたジークがギロリと睨んだ。
「抱きたくもねぇ女を、わざわざ嫁にするか」
「だって、いつも……」
わけがわからず尋ねると、ジークは眉間に深い皺を寄せる。
「お前は……その………初めてだろ?」
「う、うん」
「多分……いや、絶対に俺は、優しくしてやれねぇよ。ヤりはじめたら夢中になって、お前が痛がってもヤりまくる。
そんなのは嫌だろ? 俺も嫌だ。だけどな……お前を優しく抱ける他の誰かに渡すなんざ、死んでも嫌だ」
喉奥から搾り出すように、苦しげな声で告げられた。
「俺でも悩むことくらいあるんだぜ? なのに、人の苦労も知らず散々煽りやがって。もう許さねぇ」
首筋を舐められ、反射的に喉が反り返った。
「ん!」
「前言撤回だ。もうお前が泣いて嫌がっても抱く。後で好きなだけ、殴るなり罵るなりしろ」
視線を合わせて告げられ、心臓が壊れそうに動悸する。いざとなると不安がこみ上げたが、小声で返事をした。
「ジークなら、何されても嫌じゃないよ。わたし、がんばるから…………して」
勇気を振り絞って、正直な想いを口にしたのだが、ふと見上げたジークは、妙な顔をして固まっていた。
顎が外れそうに口を開け……まるで、思い切りぶん殴られて気絶寸前というような顔だ。
(え!? なに!? 何か変なこと言っちゃった!?)
いきなり大失敗かとうろたえていると、突然、息ができないほど強く抱き締められた。
「それ以上煽るな! マジでヤバイんだよ!」
「え? ただ、わたしも、したいって……」
ジタバタもがいて訴えると、さらに強く抱き締められる。
「あー、もう! いいから黙ってろ!」
またキスで口を塞がれた。散々口内を嬲られるうちに、背筋にゾワゾワと痺れるような感覚が沸いてくる。
口を聞く元気もなくなったマルセラを横抱きにし、ジークは隣りの自室へ連れて行った。