女子大生 成宮恵理-3
「私、実はさ、悠一郎と付き合う事になったんだよね。」
「……へ?」
恵理は思わずマヌケな声を発してしまった。
人間、脳が全く理解できない事を聞いてしまうと、こういうマヌケな声が口から出てしまうものなのかもしれない。
「やっぱり、恵理には最初に伝えた方がいいと思って。」
奈々は恥ずかしそうに顔を赤らめてそう言った。
奈々のこんな顔、初めて見た。
奈々はどちらかというと活発なタイプで、見た目は可愛らしいけど、中身は男っぽい性格というか、こんな嬉し恥ずかし恋する乙女的な表情をするところを恵理は見た事なかったのだ。
だけど、意味が分からない。
「え?え?どういう事?付き合うって……え?」
「うん……だから、そういう事。」
「奈々と悠一郎君が?」
恵理の問いに、奈々は恥ずかしそうに小さく頷く。
「ちょ、ちょっと待って、えーっと……ホントに?」
「ごめん、驚いた?」
「う、うん、驚いた。ていうか……」
驚いたなんてもんじゃない。
何かハンマーのような硬い物で頭を思いっきり殴られたような気分。
だから、本当に訳が分からない。
一生懸命頭で理解しようとしても、血の気がサーっと引いていくようで、頭に全く血液が回らず思考できない。
そんな中で恵理は必死に思い浮かんだものを発していく。
理解するための材料を奈々の口から聞き出さないと、パニックになってしまいそう。いや、もう半分はパニック状態。
「そういう関係だったっけ?」
「だよね、だって私自身驚いてるもん。まさか悠一郎の彼女になるなんて。」
悠一郎の彼女、なぜかその言葉を聞いただけでも胸がグッと締め付けられて苦しくなる。
「凄いビックリ……っていうか、ど、どうしてそんな事になったの?」
仲の良い友人に恋人ができたと知らされた場合は、すぐに「わーおめでとー!よかったねー!」と言うのが普通なのかもしれないが、この時の恵理には奈々に祝福の言葉を送る余裕は無かった。
どういう顔をしたら良いのかも分からなくて、口角の片方だけがつり上がって、笑っているのか怒っているのか泣きそうなのかが判別できないような変な顔をしていた。
「あのね、詳しく話すと長くなるんだけど、たまたま悠一郎と2人で話してる時にそういう話になって」
「そういう話って?」
「だからその、恋愛の話に。それで色々と話しているうちにね、悠一郎が『じゃあ俺達も付き合ってみるかぁ!』って言ってきたから。で、付き合う事になっちゃった。」
「付き合う事になっちゃったって……ていうかいつ?」
「ほら、この前私の部屋で飲み会して、恵理がバイトで来れなかった時あったでしょ?あの時。」
奈々の顔は終始笑顔で、嬉しそうだった。
それはそうだよね、だって恋人ができたのだから。
誰だって、恋人ができてすぐは浮かれてしまうものだし。
でも、それでも理解できない。だって奈々はそんな素振り今まで一度も見せなかったんだから。
目の前で女の子してる奈々の姿に、違和感があり過ぎる。
「奈々って、悠一郎君の事好きだったの?」
「うん。ていうかよく分からないけど、好きだった事に気付いたって感じかな。」
「で、付き合ってみるかぁって、そんな軽い感じで付き合う事にしたの?」
「ううん、ちゃんと言われたよ。その……悠一郎の気持ちを……。」
「なんて?」
「え〜!それも言わないといけないのぉ?恥ずかしいよぉ。」
恵理からしてみれば、悠一郎にも違和感を感じてしまう。
悠一郎が奈々に告白してる姿なんて、恵理には想像できなかった。
「あのね、前から好きだったって、そう言われたの。」
恵理はそこでまた頭をガツンと殴られた。
衝撃でグラグラと目の前が揺れている。吐き気がしそう。
そうだったんだ。
好きだったんだ。
悠一郎君は、前から奈々の事が好きだったんだ。
知らなかった。
全然気付かなかった。
ずっといっしょにいたのに。
「それで私も言われて気付いたっていうか……ほら、よく言うじゃない、相手が近過ぎて自分の気持ちに気付けないって。たぶんそれだったんだと思う、私。だから、うん、付き合う事にしました、はい。」
そして奈々は最後に、「以上、私からの報告でした。」と締めくくった。
「お、おめでとう。」
ここまできてやっと恵理の口からその言葉が出た。
祝福の気持ちを込めることなんかできない。ただ、フワフワした気持ちで、とりあえず言わないといけないと思って言ったという感じ。
「ありがとう。あーもう、なんかやっぱり恵理にこういう話するのって恥ずかしいね。しかも相手が悠一郎だし。」
今日は大事な話があるというから何だろうと思っていたら、まさかこんな事になるなんて。
その後も奈々はテンション高めで悠一郎の事を話し続けていたけれど、恵理は正直よく覚えていない。
適当に会話を合わせながら、ずっと笑顔の奈々を眺めていた。
奈々、凄く幸せそう。
親友の奈々がこんなに嬉しそうなんだから、私も嬉しいはず。
でも、どうしてだろう。
どうして私はこんなにも動揺しているんだろう。