投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

大陸各地の小さな話
【ファンタジー その他小説】

大陸各地の小さな話の最初へ 大陸各地の小さな話 52 大陸各地の小さな話 54 大陸各地の小さな話の最後へ

温泉休暇の大騒動-7

 ***

 ギルベルトの故郷フロッケンベルクには、多数の天然温泉があり、子どもの頃から温泉は好きだった。
 レンジャーとして東の国に赴き、東風の風呂に入ったこともある。
 旅館の温泉は湯質も良く、岩石と木材で作られた浴場も風情があり、気分をくつろがせるには最高の場所……のはずだったが……。

(……これほど緊迫感溢れる温泉は、生まれて初めてだ)

 湯船の中で、ギルベルトは思わず遠い目になってしまう。

「あ〜なるほど、迫力ある兄さん方がおると思ったら、退魔士さんの慰安旅行でしたか。ワッハッハ!」 
 近くでくつろぐ老人が、髭を蓄えたクマのような体格の男と談笑していた。

「驚かせてしまったようで面目ない。職業柄、どうにも強面の男が多くなりましてな」

 岩を多用した温泉浴場は十分な広さのはずだが、妙に狭く感じるのは、ガタイのいい筋肉質な男が異様に多いせいだろう。
 身体のあちこちに傷跡が目立つ者も多く、迫力ある男たちに少々脅えていた客も、退魔士と知って安心したようだ。
 しかしギルベルトかられば、周囲を裏社会のマフィアにでも囲まれていた方が、よほど気楽だ。
 おまけに……

(おい、他人だからな)

(ああ、他人だな)

 湯船に並んで浸かり、ギルベルトとジークは視線で交し合う。
 湯煙で視界が聞かない中、うっかり隣に座ってしまったのだ。
 ヘタにすぐ離れるのも、かえって周囲に怪しまれるような気がして動けない。
 左隣のジークも同じ心境らしく、顔を引きつらせて黙りこくっている。
 しばらく緊張混じりの気まずい沈黙が続き、やがてジークの右上腕部に目立つ縫い傷へ、視線を向けた。

「腕は……もうだいぶ動くのか?」

 自分で喰いちぎっておきながら、どうしても気になり、声を潜めて尋ねた。
 ジークがギロリと鋭い目を向け、低い小声で答える。

「完全復帰だ。どうせあのウリセスってヤツから、俺の身体のことは聞いてるだろ?」

「ああ、だが回復力はあっても……」

 ギルベルトとて、過去に何度も大怪我を負った経験から、人狼の回復力にも限度があると知っている。一度千切れた腕を、また動くようにするためには、相当な根気のいるリハビリが必要なはずだ。

「は? お前が気にすることじゃねぇだろ。俺が負けただけだ」

 きっぱりと言いきるジークに、苦笑した。
 こういう所もやはり、彼が純然たる人狼の子孫の証拠だろう。

「そうだな。だが、エメリナからカフェで君と会った話を聞いたから……守りたい相手がいるなら、利き手が使えたほうが便利だろう?」

「……」

 ジークは答えず、軽く舌打ちしたが、顔には少し赤みが増していた。
 そしてふと、何か思い当たったように顔をしかめる。

「おい、もしかしてアイツも来てるのか?」

 ジークの言葉が終わるか終わらないかのうちに、女湯の方からエメリナの声が響き渡った。

『あーーーーーっ!! マルセラちゃん!?』

「……あちらもご対面したようだな」

 ギルベルトがぼそっと呟くと、ジークがガックリうな垂れ、バシャンと湯に顔を突っ込んだ。



大陸各地の小さな話の最初へ 大陸各地の小さな話 52 大陸各地の小さな話 54 大陸各地の小さな話の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前