温泉休暇の大騒動-7
***
ギルベルトの故郷フロッケンベルクには、多数の天然温泉があり、子どもの頃から温泉は好きだった。
レンジャーとして東の国に赴き、東風の風呂に入ったこともある。
旅館の温泉は湯質も良く、岩石と木材で作られた浴場も風情があり、気分をくつろがせるには最高の場所……のはずだったが……。
(……これほど緊迫感溢れる温泉は、生まれて初めてだ)
湯船の中で、ギルベルトは思わず遠い目になってしまう。
「あ〜なるほど、迫力ある兄さん方がおると思ったら、退魔士さんの慰安旅行でしたか。ワッハッハ!」
近くでくつろぐ老人が、髭を蓄えたクマのような体格の男と談笑していた。
「驚かせてしまったようで面目ない。職業柄、どうにも強面の男が多くなりましてな」
岩を多用した温泉浴場は十分な広さのはずだが、妙に狭く感じるのは、ガタイのいい筋肉質な男が異様に多いせいだろう。
身体のあちこちに傷跡が目立つ者も多く、迫力ある男たちに少々脅えていた客も、退魔士と知って安心したようだ。
しかしギルベルトかられば、周囲を裏社会のマフィアにでも囲まれていた方が、よほど気楽だ。
おまけに……
(おい、他人だからな)
(ああ、他人だな)
湯船に並んで浸かり、ギルベルトとジークは視線で交し合う。
湯煙で視界が聞かない中、うっかり隣に座ってしまったのだ。
ヘタにすぐ離れるのも、かえって周囲に怪しまれるような気がして動けない。
左隣のジークも同じ心境らしく、顔を引きつらせて黙りこくっている。
しばらく緊張混じりの気まずい沈黙が続き、やがてジークの右上腕部に目立つ縫い傷へ、視線を向けた。
「腕は……もうだいぶ動くのか?」
自分で喰いちぎっておきながら、どうしても気になり、声を潜めて尋ねた。
ジークがギロリと鋭い目を向け、低い小声で答える。
「完全復帰だ。どうせあのウリセスってヤツから、俺の身体のことは聞いてるだろ?」
「ああ、だが回復力はあっても……」
ギルベルトとて、過去に何度も大怪我を負った経験から、人狼の回復力にも限度があると知っている。一度千切れた腕を、また動くようにするためには、相当な根気のいるリハビリが必要なはずだ。
「は? お前が気にすることじゃねぇだろ。俺が負けただけだ」
きっぱりと言いきるジークに、苦笑した。
こういう所もやはり、彼が純然たる人狼の子孫の証拠だろう。
「そうだな。だが、エメリナからカフェで君と会った話を聞いたから……守りたい相手がいるなら、利き手が使えたほうが便利だろう?」
「……」
ジークは答えず、軽く舌打ちしたが、顔には少し赤みが増していた。
そしてふと、何か思い当たったように顔をしかめる。
「おい、もしかしてアイツも来てるのか?」
ジークの言葉が終わるか終わらないかのうちに、女湯の方からエメリナの声が響き渡った。
『あーーーーーっ!! マルセラちゃん!?』
「……あちらもご対面したようだな」
ギルベルトがぼそっと呟くと、ジークがガックリうな垂れ、バシャンと湯に顔を突っ込んだ。