温泉休暇の大騒動-6
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「ほわぁぁ……気持ち良い……」
広い石造りの浴槽に身を沈め、エメリナはうっとり目を閉じる。
温泉で水着なしなど、初めは戸惑ったが、旅館もその辺りは西の人間に配慮しているのだろう。タオルを巻いても良いらしいし、湯も薄っすらと白く濁っているので、次第にあまり気にならなくなっていた。
湯煙の中、のんびりと心地良い湯に使っていると、身も心も癒されていく感覚になる。
近くにいる他の女性客たちは、団体旅行のメンバーなのだろうか。年齢はまちまちだったが、仲良く旅の話に花をさかせえていた。
子どもも何人かいて、白い湯を手ですくっては大喜びしている。
「……あれ?」
ふと、その中に見覚えのある顔を見つけた気がした。
向こうもそう思ったようで、クリクリした大きな瞳がじっとエメリナを見つめている。
「あーーーっ!! マルセラちゃん!?」
思わずあげた声は、予想以上に大きく反響し、周囲の客が驚いてエメリナを見た。慌てて両手で口を押さえる。
「あ! やっぱりケーキ屋さんにいた……エメリナおねーちゃん?」
マルセラが胸元高さの湯を歩き進んでくる。
「う、うん。こんなところで会うとは思わなかった……」
「ジークお兄ちゃんの部隊が、退魔士の訓練大会で優勝したんだって。それで連れてきてもらったの」
「ア、ハハハ……そっか……じゃぁ、ここの人たちも……?」
チラリと、周囲の女性客を眺める。
「うん! みんな、退魔士さんの家族なの」
そしてふと、マルセラは声を小さくした。
「私は違うんだけど……ジークお兄ちゃんが、一緒に来ていいって言ってくれたの」
「そっか……」
マルセラの様子から、どうも彼女の家庭には事情がありそうだ。だから、少し話題を変えた。
「もう雪遊びはした? 雪なんて、王都じゃ見られないもんね」
途端にマルセラの表情がまたパッと輝く。
「うん! ジークお兄ちゃんね、私が雪を見てみたいって言ったの、覚えててくれたんだよ!」
それからマルセラは、隣りに座って色々と話してくれた。
ジークは命の恩人であること、祖母と二人で暮していることなど……。どうやらエメリナに気を許してくれたらしい。
「ーーお祖母ちゃんは、私が旅行に付いていったら、ジークお兄ちゃんに迷惑かけないかって心配してたけど、温泉だってちゃんと一人で入れるもん」
マルセラは誇らしげに胸を反らす。
そしてふと、広い湯船で楽しげにくつろぐ母子へ、そっと視線をむけたが、すぐに何かを振り切るように栗色の髪をフルフル振った。
無邪気な笑顔を浮べ、男女の湯を仕切っている高い石壁を指さす。
「ジークお兄ちゃんも、お姉ちゃんに会ったら、きっとビックリするね」
「……っ!!!」
顔を引きつらせ、エメリナは高い仕切り壁からそっと目を背けた。
「う、うん……そうかもね」
重要なことを思い出した。
ここにいる面々は、退魔士のご家族。
――という事はつまり、男性風呂には今、現役の退魔士たちが……。
(先生、大丈夫かなぁ……)