温泉休暇の大騒動-4
「職務中は隊長と呼べ。それで、何が原因だ?」
「その……つまり、模擬戦でジークに頑張ってもらいたいなぁと……」
隊員たちがモゴモゴ呟き、事情を察したらしい隊長は、溜め息をついてジークを離した。
「ヤル気がないなら帰れ。たとえ訓練でも足手まといは許さん」
「ああ、そうするさ。くだらねぇ戦闘ごっこなんざ、付き合ってられっか」
ジークは舌打ちし、模擬チェーンソーを放り捨てた。
幻だとわかっている相手と戦って、なんの意味がある。緊張感の欠片も無い模擬戦など、ぬるさに吐き気がする。
おまけに、このくだらない大会の優勝景品にも、何一つ魅力がない。
仕事が趣味だから連休も必要ないし、温泉も興味なし。旅行をせがむ家族もいない。
他の隊員と温度差があるのは当たり前だ。
「あーぁ……ま、奇跡が起こるように頑張ろうぜ」
背後で隊員たちが慰めあっている。
「ああ、俺の息子のために!」
「夫婦円満のために!」
「やっとできた彼女と、絶対に旅行へ行ってやる!」
ピタリ、とジークの足が止まった。
凄まじい勢いで振り向き、最近彼女ができたばかりという同僚の胸倉を掴む。
「……今、なんて言った?」
「なっ、なんだよ!? 俺に彼女がいちゃ悪ぃってか!?」
「そこじゃねぇ! 旅行の同伴は、家族限定のはずだろうが!!」
噛み付きそうな勢いで攻め寄るジークに、周囲は唖然とした顔を向ける。胸倉を掴まれている隊員も、冷や汗をかきつつ説明した。
「家族は人数制限なしだけど、他人でも一人なら同伴できるんだよ。知らなかったのか?」
「っ!! 興味なかったんだから、仕方ねーだろ!」
ギリっと歯噛みし、ジークは凶暴な眼光を光らせる。
「つまり……家族でも恋人でもない、単なる隣人だったとしても良いんだな!?」
「……へ?」
「言っとくが、そいつに妙な手出しをしたいわけじゃねぇ! 十年後は嫁に来いとか思ってるわけじゃねぇぞ! ただ、隣りに住んでるだけのガキだ! それでも良いんだな!?」
――っていうか、誰も聞いてないのに、なに必死で言い訳してんだよ、お前は。
見守る周囲は、一様にそう思いつつ、あまりの剣幕に一声もかけられない。
詰め寄られた同僚は、青ざめて必死にコクコクと頷く。
「あ、ああ……友人でも子どもでも構わないはずだけど……」
それを聞くと、ジークはパッと手を離した。
さきほど放り捨てた模擬チェーンソーを、素早く拾い上げる。
「おい、何グズグズしてんだ! さっさと幻影魔獣ぶったぎって、優勝するぞ!!!」
目的ができた以上、幻影だろうと本物だろうと構うか。
まるで興味のなかった温泉旅行だが、行き先はこの国でも珍しく、雪の降る山奥だと知っている。他の隊員たちが、子どもに雪遊びをさせたいと、うるさく喋っていたからだ。
(マルセラと旅行に行きたいわけじゃねーぞ! アイツが雪を触りたいって、うるせーからだ!)
内心で自分にまでも言い訳をする。
実際は、マルセラがテレビの雪景色に憧れを言ったのは、たった一度きりだったが……。
異様に張り切りって駆けて行くジークを、五番隊の面々は慌てて追いかける。
さっぱりわけがわけらないと、彼らが互いに顔を見合わせる中、ジークの入院中に、代表で見舞いへ行った隊長だけは、ニヤニヤと笑っていた。