温泉休暇の大騒動-3
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退魔士というのは、非常に危険かつ過酷な職業である。一瞬の油断が命取りになる為、常日頃から厳しい訓練が欠かせない。
本日、中央西区の聖剣署は、毎年恒例の模擬戦大会を行っていた。
地下の広い訓練施設では、障害物や壁が設置され、幻影魔法で作り出された魔獣たちが襲いかかってくる。
幻影の魔獣は本物そっくりだが、当たっても実際にダメージはない。変わりに服へつけた魔法石が、攻撃をうけるごとに青から赤へ変化していき、完全に赤くなったら、その場に倒れていなければならない。
退魔士たちの武器も、各々が普段使っているものと、同じ重量と形の模擬品が用意され、幻影魔獣を倒すほど、魔石に得点が加算される仕組みになっている。
十五の部隊が、それぞれ幻影魔獣の集団に挑み、部隊の総合特点数を競うのだ。
どの部隊も、この大会の優勝を血眼で目指している。
幻影魔獣を切り裂き、なぎ払い、仲間の屍(実際には死んでいないが)を容赦なく踏み越え、次々と新たな敵を倒す。模擬戦とはいえ、その迫力はまさに鬼気迫るものがあった。
各隊が次々と順位を塗り替えていく中、第五部隊も控え室にて、互いに熱を込めて励ましあっていた。
「今年こそ優勝狙うぞ!!」
「おう!」
「今朝、父ちゃんは絶対優勝するって、息子に約束しちまったんだよ」
退魔士の一人が、ごつい拳で目じりを拭った。隊員たちは目線で通じ、頷きあう。
――わかってるさ。皆、気持ちは同じだ。
心を一つに拳を振り上げ、雄たけびをあげる。
「今年こそ、連休を勝ち取るぞーーーっっ!!!」
退魔士たちが血眼になる理由は、優勝部隊に贈られる、賞品の休暇だ。
当然ながら、過酷な退魔士への志願者は少なく、常に人手不足の彼らは、まとまった連休など滅多に取れない。
有給だって、よほどのことがなければ使えないし、非番でも緊急時には呼び出される。
それが部隊全員、呼び出し無用の一週間連休……しかも、家族同伴可の一泊温泉旅行つきだ。
日ごろはつい仕事ばかりになってしまう彼らにとって、家族サービスの大チャンス。
特に第五部隊は、既婚者や子持ちが多い。
毎年、今年こそはと気合を入れまくっているわけだ。……ただし、一人を除いて。
「おい、ジーク。今回は気合いれてくれよ」
隊員の一人が、部屋の隅で暇そうに携帯をいじっているジークへ声をかけた。
歳若い退魔士は、チラっと視線を向け、顔をしかめる。
「幻影なんざ、いくら斬ってもたぎらねぇんだよ」
「はぁ……お前が本気だしてくれりゃ、優勝もマジで夢じゃないんだがなぁ……」
隊員たちが肩を落とすのを、ジークは無視した。
毎年、このくだらない模擬戦が嫌で仕方ない。
強制参加だから仕方なく来たが、幻影魔獣なんか斬る気にもなれず、いつもさっさと自分の石を赤にして帰ることにしていた。
「俺は連休とかいらねーし。本物の魔獣をぶったぎるほうが、よっぽど楽しいぜ」
鼻を鳴らしたジークの肩に、ポンと隊員が手を置く。もうすぐ三十路を迎える彼は、ジークを不良少年時代からよく知る一人だ。
「未だに理解できん部分も多いが、お前はもう大事な仲間だ。仲間の主義は尊重したいと思っている」
フッ……と、隊員は微笑んだ。微塵の迷いも無い、惚れ惚れするような笑顔だった。
「で・も・な? 俺の愛する奥さんが、旅行を楽しみにしてんだよ。つべこべ言わず、お前の主義は捨てやがれ」
「……おい。言ってる事がメチャクチャだぞ」
呆れ顔で睨むジークの元に、他の隊員もどっと押し寄せる。
「そうだ!お前もたまには、温泉旅行とか、普通の楽しみをしてみろ!!」
「このさい、その歪んだ嗜好を温泉で癒してもらえ!!」
「温泉効果で、目つきと性格が少しは良くなるかもしれねーぞ!!」
好き放題に言われまくり、ジークはただでさえ悪い目つきを、ギリギリとつりあがらせた。
「うるっせえええぇ!!! そんなに旅行に行きたきゃ、今すぐあの世に旅立たせてやるぜ!」
「うわっ!ジークがキレた!!」
一斉に逃げ出した隊員たちを、模擬チェーンソーを手にジークが追いかける。
ところが控え室から飛び出た途端、目の前に隊長が立ちはだかっていた。
「何を騒いでいる。もうすぐ順番だぞ」
ヒグマを思わせる巨体は、意外な素早さでジークの襟首を捕まえる。
「離しやがれ、ひげ熊!」
つい昔のクセで呼んでしまうと、ガツンと拳骨がジークの脳天に落ちた。
「〜っ!」