温泉休暇の大騒動-2
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「うわ〜、素敵な所ですね」
パンフレットを開き、エメリナは感嘆の溜め息をつく。
旅先はイスパニラ王都からほど近い山奥の温泉地。標高が高く北側にあるため、この国では珍しく雪が降る場所だ。
今の季節には山間の美しい雪景色が楽しめるだろう。
温泉保養地としても有名で、いくつかのリゾートホテルが立っているが、この宿泊施設は一風変わっていた。
東の国の文化に魅せられたオーナーが建てたもので、『ホテル』ではなく、あくまで『旅館』らしい。
その辺りの違いが、エメリナにはいまいちピンと来ないが、エキゾチックな東風の建物写真をみれば、否応なしにテンションが上がってくる。
灰色の瓦屋根や、風変わりな木と紙の扉に、凝った東風の欄干や調度品。
そして次のページに、エメリナの目は釘つけになった。
『浴衣、下駄の無料貸し出しいたします』
浴衣と羽織を着て下駄を履いた男女が、石庭で微笑んでいる写真が、大きく掲載されている。
東の国の伝統衣装である浴衣やキモノは、大陸西の国々にも知れ渡っていた。
一般的に着られることはないが、美術品としての価値を認められ、また一部のマニアにも、かなり人気の高い衣装だ。
特に、露出度が低いように見えて、大きく動くと足が大胆に出る所や、チラリとはだけた胸元がたまらない。
……と、旅館そっちのけで浴衣について熱く語っている『お客様の声』が、なぜか片隅に載っていた。
「浴衣かぁ……東にも行ったけど、着る機会は無かったな」
パンフレットを眺めるギルベルトを、チラリと横目で眺めた。
ぐふぐふニヤけそうになったのを、あわてて顔の筋肉をひきつらせて堪えた。
――ふふふ、先生の浴衣姿なんて、想像しただけで鼻血ものだよっ! 胸元や太ももチラ見えって……ヤバいヤバいっ! 萌え死んでも悔いなし……っ!!
興奮を我慢しすぎたせいか、妙に顔が熱い。
ギルベルトがエメリナの顔を覗き込み、ハンカチを差し出した。
「……言いにくいんだが、顔に出さなかった代わりに、声と鼻血が出てる」
「ふぎゃっ!?」
大慌てでハンカチを取り、顔を覆う。
「ず、ずびまぜん……しかもハンカチ……」
ドレスやソファーを汚すのは免れたが、ハンカチはかなり悲惨な状況になった。
「それは気にしなくていいけど……」
ギルベルトが愉快そうに笑った。
「浴衣姿に期待するのは、俺の役なんじゃないかな」
「は……はひ?」
「ともかく、エメリナくんと仕事抜きの旅行なんて初めてだし、楽しみだ」
幸せを滲ませた声音に、キュンと心臓がしめつけられる。
どうして、この人はいつもこう……
くらっと眩暈がした。押し当てたハンカチに赤い染みがいっそう広がり、エメリナはソファーの背もたれへ倒れる。
「エメリナくんっ!?」
「ら、らいじょうぶれす……」
鼻血必須の旅行に備え、鉄分を沢山取っておこうと、密かに決意した。